さかざきまさき

高校1年生の秋。


鈴木先生)
「じゃあこの問4の解答を…」


そう言って教室を見回す。


物理の鈴木先生(男性30歳)は、解答させる生徒を完全にランダムに指名するタイプの教師。当てられるかもしれない…。


その日の日付と出席番号を照らし合わせて指名する古典の中川先生。
出席番号順に指名していき、その続きから次の授業に持ち越される数学の岩崎先生。
近くの席から順番に縦に当てていく英語の谷村先生。


僕たち生徒は、先生ごとの授業中の解答者指名の傾向をなんとなく頭に入れておく。
その日の授業で自分が当てられる可能性があるかないかを授業前に予想するためだ。


当てられる可能性がある場合、ちゃんと授業を聞いておかなければならない。
逆に、当てられる可能性がない場合は本腰を入れて気を抜くことができる。


大抵の先生には自分なりのルールがあるようで、事前に当てられる生徒を予測しやすかった。当てられないとわかれば、僕も気を抜いて、消しゴム本体の黒い部分を擦って真っ白にする活動に勤しんだ。


しかし、秋になっても物理の鈴木先生の指名に法則性は見つからなかった。
フックの法則、慣性の法則、力学的エネルギー保存の法則等、日常生活の役に立たない法則を次々と教えてくれるのに、鈴木先生の指名の法則は未だ発見できない。


ランダムに指名している…。



となると今日誰が当てられてもおかしくない。緊張感を保ったまま、授業は後半に突入した。


鈴木先生)
「じゃあこの問4の解答を…」


そう言って教室を見回す。


僕と目が合った。


うわ…来る…!当てられる…!この問題わからないのに…!そんな時に限って…


鈴木先生)
「…」


僕と目が合ってから時間にしてコンマ数秒。
なぜか余計な間があった。


鈴木先生)
「えーっと…」




名前を忘れている…!




明らかに目が合って、コイツを指名すると決めた後にできたコンマ数秒の間。


幸いクラスのみんなはまだ、僕が名前を忘れられていることに気付いていない。今すぐ思い出せばまだ間に合う。がんばれ鈴木先生。思い出して。みんなに悟られる前に。


鈴木先生)
「えー…」


僕の顔を見たまま固まる鈴木先生。


鈴木先生)
「んー…」


もうさすがにここまで間が開いてしまうと、坂﨑が名前を忘れられていることに感づく生徒もチラホラ出てきている。



永遠にも感じるこの気まずい時間。



忘れられているこちらサイドから鈴木先生にヒントを出すわけにもいかず、ただ時が流れるのを待つ。


鈴木先生)
「…」


もう既に取り返しのつかないくらいの間が空いてしまっているが、鈴木先生はまだ誰を指名するかを迷っているフリをしながら僕から目を逸らし、全然違う席に座っていた岡田君を指名した。



名前を忘れられて運良く指名を回避した僕は、岡田君が黒板に書いた解答をノートに写した。



勉強でも部活でも私生活でも、突出した何かを持ち合わせていなかった僕は、鈴木先生に限らずよく名前を忘れられた。


美術の草野先生にも、体育の小林先生にも、陸上部の顧問の南部先生にも、木村先生にも…。


坂﨑眞幸(さかざきまさき)、こんなにも韻を踏んでいるのに…。



(ピン芸人になって、本名を芸名にしたら比較的覚えてもらえるようになった。それもフルネームで。嬉しい。僕がトリオで3人目的な立ち位置で活動していたらと思うと恐ろしい…。)



2年生なって生物を選択した僕は、物理の鈴木先生との関わりがなくなった。


しかし、2年生秋、部活前に同じ陸上部の竹尾君とキャッチボールをしていたら、「坂﨑いい球投げるなぁ」と鈴木先生に声をかけられた。


3年生の冬、津駅で自転車を盗まれて生徒指導室に行ったら、「あれ?坂﨑どうしたん?」と鈴木先生に声をかけられた。



鈴木先生は、あの時僕の名前を忘れたことに対して罪悪感を感じていたのだろうか。
授業後、名簿をもう一度確認し、もう絶対に忘れまいと僕の名前を一生懸命覚えてくれたのだろうか。



そんなことを考えて少し嬉しくなりながら、鈴木先生に自転車盗難届を提出した。


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