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桜の森満開の下

「桜の森満開の下」は坂口安吾の短編小説だ。
あちこちで桜が満開になる今頃、いつも思い出す。
遠い昔、窃盗と殺人を繰り返す悪人の頭領は山深い処に住んでいた。奪った財宝に囲まれ、捕まえてきた女たち数人で暮らしているのだ。そこへ同じように捕まえ来た女が一人加わった。
その女はそれまでいた女たちを殺し、自分一人で頭領を操るようになる。
ある日、女は都へ帰りたいと無理を言う。
真夜中、頭領は女を背負って都へひた走る。
満開の桜の森を走り抜けようとしたその時、背負っていた女は・・・・

今、町中がソメイヨシノの叫び声に満ちている。
なんだか怖い気持ちがするのは私だけか。

人はなぜ、昼の花の叫び声に惹かれてしまうのだろう。
夜の冷たいばかりの白い花影に不気味さを嗅ぎ取るのだろう。

桜はロケットスタートのようないきなりの開花。
花が落ちてから新芽が芽吹き、やがて色濃い緑となる。暑さの盛りには濃い木陰は最高の日除けだ。秋には葉が深い緑とは裏腹に赤く色づき、落葉してしまう。
裸木の冬。はりめぐられた血管のような枝や幹だが、そこには来るべき春のための花の芽が隠されているのだ。
桜の葉は春の花から秋の落葉までおよそ10ヶ月ほど。桜木の幹は何百年という命を保つこともある。

♪こんなに早く散る花を〜前に一度覚えてる(NSP 弥生冷たい風)

桜並木は美しい、桜花は短い間しか咲かないが、蓄えているエネルギーは強く、それが見る人の心をどこか動かしたり、あるいは狂わせたりするのだろうか。
今どこも桜の森満開の下である。

これまで多く人たちと桜をともに楽しんだ。
桜は今も、昔も咲いている様子は同じだ。
変わっていくのは、人との出会いと別れ。
ただ、私と一緒に花を愛でた人は、どこへ行ったのだろう。
花が散るのと同じように、人も時間とともに散ってしまったのか。
あの人たちは今、誰と花を見ているのだろう。

桜はすぐに落花して吹雪になったり、筏になってしまう。
春を告げた花びらは、日本中で全部でどれぐらいの数になるのだろう。
1枚1枚に想いを乗せて、思い出になっていく。
天文学的な数、
恒河沙、
那由田
不可思議

舞う花びらに一抹の悲しみを見てしまう。

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