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3. なんとなく嫌い、の扱い方

いじめられているとか、直接被害を受けているとかは、別にして。

例えば、芸能人とか、SNS上で、会ったここともないのに、いやだな、とか(なんとなく嫌い)って思う人がいる?

いつだったか忘れたけど、ある時、私は、その(なんとなく嫌い)って、感情に向き合った。

で、それ。

はじめは、認めたくないんだ。

その人と思想が違うから、とか、その人の言葉遣いが本当に悪いから、って嫌いな理由を相手のせいにする。

もちろん表面的には、そうなんだけども。

でも、考え方が根本に違っても、そんなに気にならない人も多くいる中で、(嫌い)までの感情にいくって言うのは、ちょっと。

あとでわかるのだけども、わたしの場合、(いや)ってまで、感情を揺さぶられる時は、必ず自分の中に小石がある。

それに気づけた事は、自分にとってものすごく大きな転換点だった。


自分の中にある、小さな小石のようなもの。それが、(なんとなく嫌い)な人を見かけるたびに、カタカタ揺れる。

小石を見つめると、それは、忘れていた夢だったり、コンプレックスだったり、欲しかったけど、封印してあきらめているもの、だったりした。普段は、意識さえしていなかったこと。

裏を返せば(なんとなくきらい)って感情は、本当に欲しいものを教えてくれるきっかけになった。

感情が揺れたら、自分の中の見えない小石を探す。徹底的に、素直に。(これが結構苦しい)

小石が見つかったら、選択は2つ。

自分で叩き割るのか。

自分で磨いて宝石にするのか。

自分で決める。


小石が昇華されたかどうかは、その(なんとなく嫌いな人)をもう一度見たらわかる。

自分の中で本当に折り合いつけられてたら、それは、もう面白いぐらいに、嫌って言う感情がなくなってる。たいして気にならなくなる。

もし、その上で議論の相違があるなら、余裕を持って建設的にその相違だけを捉えて考えられる。

面白いものだな、って思う。


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