マガジンのカバー画像

小説:初恋×初恋

28
シェアハウスの管理人 月子は不思議な男に買われた。そして初恋にまつわる冒険がはじまる。
運営しているクリエイター

記事一覧

固定された記事

小説:初恋×初恋

プロローグ  待ち合わせの場所に遅れてくる男は信用できない。これは私が二十五年間生きて来た中で得た数少ない教訓。相川さんは約束の時間の十分前に姿を現した。十一月も終わりだというのに、やさしい陽が射していた。バス停のベンチにも、私の掌にも。 第一章 出逢い  相川さんと初めて出逢ったのは、午前中の閑散としたスターバックスの中だった。私は一番奥のちょっと照明の暗いテーブル席に居た。相川さんはあとからやってきて私の斜め向かいに座った。それからノートパソコンを広げ、難

小説:初恋×初恋(その2)

相川さんは私の本を手に取り、パラパラとめくり、そして何か言いたげに、でも何も言わずに本を元の位置に戻した。私は言い訳するみたいに「経済の知識はあって困らないわ。それに世間知らずが嫌なの。今まで一本のレールの上を何も考えずに歩いて来たから。でもこれからは一人で生きて行かないといけないし」と言った。 「複雑なようで人生はシンプルなんだ。全ては生きられない。一つの生き方しかできない。そしていつか一つを選ばなくてはならい。今は経験が足りないだけだ。長く生きると色んな事がわかってくる

小説:初恋×初恋(その3)

第二章 バス停  九時五十分。私は大通りに面したバス停のベンチから立ち上がり小さく手を振った。相川さんの運転する白いSUVが私の横で停まった。昨日のスーツ姿とは違いラフな格好で、スタバで見た時よりも幾分若く見えた。そして私の隣に置いてあったキャリーバックを持ち「昨日は何処に泊まったんだ」と聞いた。私は「ビジネスホテル」と答えた。 「来ると思ったよ」と相川さんは言った。 「約束の時間の十分前ね」と私は言った。  相川さんは私を助手席に座らせ、荷物をリアシートに詰め込み、運転

小説:初恋×初恋(その4)

「相川さんはずっと福岡なんですか?」 返事は無かった。前方の一点を凝視し、意識の奥で何か他の事を考えている。でも私はそんな沈黙には耐えられなかった。元来、喋り好きなのだ。だからシェアハウスもやっていけた。色んな人達と話しをした。色んな人生を知った。私の人生以外の他の人生だ。私はそんな話しを聞くたびに、強い関心を持った。他人ではいられなくなった。やがて同化し自分がその人生を生きた気になった。豊かな人生を歩んで来たかの如く勘違いをした。しばらくするとそれが勘違いである事に気が付く

小説:初恋×初恋(その5)

第三章 初恋 初恋の話しをしよう。 この世に生を受けて初めて体験する不安定な心。未体験な甘い汁を毎日少しずつ吸い続ける快感。私がそんな感情に支配されたのは、小学校二年生になって通学路に歩道橋が設置された時だった。 「危ないよ」と肩をつかまれ振り向くと制服を着た若い警備員さんと目が合った。そして帽子のつばの奥の黒くて大きな瞳が私を覚醒させた。その日の夜、ベッドに入ると昨日までとは全く違う自分が居た。今まで感じた事のない心の中の違和感。胸の奥の息苦しさ。それが一晩中続いた。

小説:初恋×初恋(その6)

第四章 高校生 「僕が中学を卒業したのは今から二十四年前だ。 改めてその数字を口にすると随分時間が経った気がする。二十四年。干支が二回する。オリンピックが六順する。会社を起業し一時代を築き衰退させる事が出来る。 そんな天文学的昔、僕は高校進学を心待ちにしていた。中学の間におりのように定着した硬派で真面目というレッテルをはがし、僕の事を誰も知らない高校でこれまでとは違う自分になりたかったからだ。 四月。僕は新しい制服に袖を通し、春の風を頬に受け通学路を自転車に乗って走った。そ

小説:初恋×初恋(その7)

第五章 真実はひとつ  硫黄のにおいで目が覚めた。私はいつの間にか眠っていたようだ。 「ここはどこ?」と寝ぼけた声で聞いた。自分でも笑ってしまうくらい、だらしない声で。 「別府」と相川さんは言った。 相川さんの声はちょっと高くて寝起きの耳に心地いい。夢の続きに居るようだ。 「寝てた。ごめんね。昨日、眠れなかったから」と私は言って相川さんを見た。相川さんはどこまでも真っ直ぐな視線を前方に向けている。 相川さんの初恋の話しを聞いた。 何処にでもある、でもちょっとハードな告白

小説:初恋×初恋(その8)

第六章 男女交際 「僕は失恋から思いのほか早く立ち直った。まだ若く信頼出来る友達も出来て、語るべき言葉があり、有り余る体力があったからだ。季節は冬だった。友達の一人が僕に女の子を紹介してくれた。彼女は僕を気に入って僕も彼女が気に入った。名前を歩未と言った。そして僕は彼女と付き合い始めた」 「久望子さんのことは諦めたのね」 「久望子の事を忘れてしまったと言ったら嘘になる。心の何処かにいつもいた。でも封印して思い出さないようにした。心の奥深くに埋め蓋をした。そして新しい恋を

小説:初恋×初恋(その9)

第六章 男女交際(つづき) 「良く晴れた冬の午後だった。毎日予定と言うものを持たなかったけど、その日は特に何もない日だった。僕は大濠公園の側の一本道を西から東へ歩いていた。彼女は東から西へと歩いていた。遠くからでもそれが久望子だと直ぐにわかった。そして今だから言えるのだろうけど、そんな予感がしていたんだ。彼女に再会する予感が、福岡に来てからずっと。  僕は近づいてくる彼女に声をかけた。不思議なくらい躊躇なく自然に。彼女は僕の方を向き、そして目を合わせた。しばらく間があった

小説:初恋×初恋(その10)

第七章 再会 「仕事が落ち着いたら連絡すると言って東京に行った久望子からはずっと連絡が無かった。そして僕は僕で忙しい日々を送っていた。社会人になって右も左もわからずに、砂を噛むような毎日が続いた。先輩からは容赦ない罵声が飛んだ。何処の業界もそうだけど、師弟関係というのが根強かった。今のようにシステマチックじゃない。技を盗めというスタイルだった。それでも僕は粘り強く戦ったよ。いつか見返してグウの音も出ないほどやり返そうと思っていた。実際はやり返さなかったけどね。今にして思えば必

小説:初恋×初恋(その11)

第八章 ホテル ホテルのロビーに入ると相川さんは私をソファーに座らせ、受付のカウンターへと向かった。 そして私にカードキーを手渡し、一時間後食事にしようと言った。 私は相川さんが私を誘拐するんじゃないかという疑いを持ったことを恥じた。 でも一方で私にどんな要求をするのか、その疑問が残った。 身体要求説が浮上したが部屋を二つ取っている。 しかもちゃんとした、まっとうなホテルだ。 もしもそれが目的ならばそれなりのホテルに入って事を済ませるはずだ。 相川さんは私に何を要求するのだ

小説:初恋×初恋(その12)

第九章 平行線的低空飛行 「彼女が次に選んだのは旅行業だった。これまでの豊富な海外体験と人脈を買われ、ヘッドハンティングされたんだ。富裕層をターゲットにしたツアーを企画立案、同行するのが彼女の役目だった。もちろん普通の旅行案内ではなかった。そこには何かしら総合商社的なビジネスが存在した。そして語学も活かされた。久望子は英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語を話すことが出来た。彼女のマイルは貯まる一方だった。 僕は相変わらずさえない仕事をしていた。仕事をしながら資格を取ったけど

小説:初恋×初恋(その13)

第十章 横浜 「久望子と連絡が取れた時、結婚して一年が過ぎていた。たまたまぽっかりと空いた夜だった。仕事が一段落ついて、妻は実家に里帰り。そんな夜だ。僕は家から久望子に電話をした。そしてあっさりと繋がった。僕は空間を埋めるみたいに話しをした。ずっと連絡していた事。そして結婚をした事。子供が産まれたこと」 「え?子供が居るの?」 「ああ、結婚してすぐに出来た。久望子もまた、特別な時間を過ごしていた。ニューヨークに常駐していて、その日は一年ぶりに帰ってきたばかりの夜だった。ち

小説:初恋×初恋(その14)

第十一章 四十五階 「次に久望子に会ったのは、それから一年後だった。僕は細々と連絡を取っていた。話す内容はたいしたものではなかった。何処にでもある世間話だ。久望子は生活の拠点を海外から日本に移した。景気が下火となり、海外に投資する日本企業や個人投資家が激減したせいだ。久望子は段々と活躍の場を失いつつあった。でも当時の僕はその事について詳しく知らなかった。自分の生活が手一杯で、久望子の立場にまで心配が及ばなかった。だから仕事を辞めて地元に帰る事にしたと久望子から聞いた時も、会う