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はじまりの日(9)

「なっちゃんのご両親も同意してくださったの?本当に、なっちゃんはそれで後悔しない?」
ベッドに背を預けて座る佳寿美は困ったような、驚いたような顔を菜月に向けている。
「はい、両親にはなんとか理解してもらえました。時間がかかりましたけど。紗都美のことはうちの両親もよく知っていますし、結婚する気配のない娘ですから、孫のような匠くんのことは本当に可愛いと言ってました」
「でも匠は愛由美の子よ。紗都美の子じゃない。なっちゃんからしたら他人も他人じゃない」
「それでも、匠くんが傍にいてくれるだけで私は救われます。それに、紗都美は匠くんを本当に可愛がってたんですよ。離れていてなかなか会えなかったけど、私にもよく写真を見せてくれたりして。可愛い妹の子供なんですから、当然ですよね」
佳寿美も力なく微笑んだが、僅かに居住まいを正すと、菜月の手に自分の手を重ねた。
薄く骨張った手だったが、温かかった。
「なっちゃん、もし、この先、素敵な人が現れて、なっちゃんが自分の人生を歩むことになったら、その時は必ず、寿夫に匠を引き渡してね。本当は私にって言いたいところだけど…今の私にできることは、何もないから…」
佳寿美は目を伏せた。
「そんなこと心配しないでください。おばさんは、匠くんのために永く生きてください。そして、元気になってください」
「ありがとう、なっちゃん」
佳寿美の一言は、耳に残っている紗都美のそれと同じで声色と温度で胸が温かくなり、同時に寂しさが押し寄せたが、菜月は涙を堪えて笑顔を返した。
そうして、あの平屋で、匠と菜月、二人きりの生活が始まった。

つづく

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