ラジャ・マハラジャの冒険⑯
「ーー宮津が始まりの地?」成海が言った。
「うん、だから俺達は、そこに行かなければならない。ここにいても第六天魔王は現れない」ラジャが答えた。
「でも、ヒルコを探さんとーー」
「探しても見つからんと思うぞ」
将門が言った。「奴は我々に合流できないのではなく、目的を果たしたからいなくなったのじゃろう」
「俺達は滋賀に向かっていると思って、福岡に着いた。ならば東に元来た道を辿れば宮津に着く」ラジャが言った。
「宮津に行けば、ヒルコに会えるかもしれん」将門が言った。
「ヒルコに会えるーー」成海が呟いた。
「俺達をここに導いたってことは、目的は同じなはずだ」とラジャ。
「ーーわかった、宮津へ行こうや」成海が言った。
一行は元来た道を逆戻りした。
成海は足往に乗った。
(ーー速い)
成海は思った。普通に歩いているのに、景色がどんどん通り過ぎていく。
太陽の動きも速かった。成海の背中にあった太陽が真上に登り、成海の前に沈んでいく。
(太陽が西から登り、東へ沈んでいく。時間が逆戻りしとるんや)
夜になると、同じように月が西から登り、東へ沈んでいった。
そしてまた西から日が登る。それが繰り返される。
襲ってくる敵はいなかった。
(金印のお陰やろか)成海は思った。
途中、止まって足往に狩りをさせた。足往は猪を取ってきた。
猪の肉で夕食を獲り、一晩寝ることにした。
ラジャはまた夢を見た。
寒風吹きすさぶ平原で、敵味方の多く倒れている光景を司令官が見て、
「これほど美しいとは思わなかった」
と語っている。
(あれはナポレオンだ。そうだ、勝利とはいいものなんだ)
夢を見ながら、ラジャは思った。
翌朝も飛ぶように駆け、昼と夜を何度か繰り返し、一行は宮津に着いた。
「宮津やーー」
成海は呟いた。気のせいか、空気の一粒一粒が光っていて、音を奏でているように感じた。
(この、うちの生まれ故郷が、この国の始まりの地ーー)
籠神社には社殿がなく、奥宮の真名井神社のところの磐座に注連縄が張られ、その前に鳥居がある。
(宮津は、はじめはこんなところやったんや。そしてこの世界にあるもの全てが、この国の誕生を祝っとるんやーー)
成海は、後に籠神社の境内になる辺りを歩き回った。
ふと、足音がしたので、成海は足音の方を見た。
ふたつの人影が、こちらに向かってくる。一人は男で、もう一人は女である。
「あんたは、日子大毘毘とかいうおっさんーー」成海が言った。
「吾は、若倭根子日子大毘毘命(わかやまとねこひこおおびびのみこと)」と、その男が言った。
「妾はその妹、夜麻登登母母曾毘売命(やまととももそびめのみこと)」と、女が言った。
(こいつが、第六天魔王ーー)
若倭根子日子大毘毘命と夜麻登登母母曾毘売命が向き合った。
(ーーえ?)
二人の男と女は、口づけをした。
すると辺りが光に包まれた。
光が消えて、そこに現れたのは、2つの体がくっついた仏像だった。2つの顔が唇を重ねることで、ちょうどひとつの顔のようになっている。
「ーー大聖歓喜天だ!」ラジャが言った。
大聖歓喜天が襲ってきた。
「わっ!」
ラジャと成海と将門は、歓喜天の攻撃を避けた。
(ーー速い!)ラジャは思った。
歓喜天は成海に向かっていった。
「危ない!」ラジャは成海を抱えて、歓喜天の攻撃をかわした。
歓喜天はラジャと成海を狙って追いかけてきた。
歓喜天は手に獨鈷を持ち、その一撃で木が倒れる。
(バワーじゃ敵わない。白象ならいけるか?)
ラジャは考えた。(いや、白象じゃスピードが追いつかない。かくなるうえはーー)
ラジャは成海を見た。
成海は、ラジャに抱えられながら、ぼんやりと歓喜天を見ている。
(言うのか?この期に及んで俺はーー)
歓喜天の攻撃が鋭くなってきた。歓喜天のスピードは速く、ラジャは逃げきれないと悟らざるを得なかった。
「成海ちゃん、お願いだからよく聞いて」
ラジャが言った。「大聖歓喜天に対抗するには、俺達も歓喜天になるしかない!俺とは嫌かもしれないけどーー」
最後の方は、声が小さくなった。
「あの二人、愛し合っとるんやな」成海が歓喜天を見ながら言った。
「あ、愛!?」
「兄妹やけど、愛し合っとるんやな」
(あーっ、これだから天然は!)
「ラジャ」
成海がラジャを向いて言った。「うちが経験した男は四人や」
(四人?17でその数は多いのか?)
ラジャにはわからない。
「うちはーー汚れとる!」
成海は顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした。
その顔に見入って、ラジャは歓喜天の攻撃を危ういところでかわした。
「成海は汚れてなんかいない!」ラジャが言った。
「うちのこと、好きか?」
「好きだ!」
成海はラジャの頭に腕を回してキスをした。
辺りは光に包まれ、光が消えると、そこにもう1体、2つの体が合わさった歓喜天が現れた。
2体の歓喜天は向かい合い、ものすごいスピードでぶつかっていった。
それぞれの持つ獨鈷がぶつかると、衝撃波が起こり、火花を散らした。衝撃波は森の木々を倒し、火花は森に火事を起こさせた。
「うわっ!」
将門は衝撃波を避けて木に隠れた。しかし木も次々と倒れていくので、将門はその場を離れざるを得なかった。
2体の歓喜天は宙を飛び打ち合った。
2体の歓喜天の戦いは、いつ果てるともなく続いた。
やがて一方の歓喜天の獨鈷が、もう一方の歓喜天の体に当たった。
攻撃を受けた歓喜天が降りてきて、光と共に、日子大毘毘と夜麻登登母母曾毘売命に分かれた。
もう1体の歓喜天も地上に降りてきて、光と共に、ラジャと成海に分裂した。
「はあ…はあ…」
ラジャと成海は肩で息をして、立っていることもできずに、地面に座り込んだ。
日子大毘毘と夜麻登登毘母母曾毘売命も、座り込んでいる。
「ーーあんた、ヒルコやろ?」ようやく息が整ってきた成海が言った。
「ーーバレとったか」
日子大毘毘、いやヒルコが言った。
「そして、えーとヤマトト…」
「夜麻登登母母曾毘売命」夜麻登登母母曾毘売命は言った。
「あんたは兎や」
「ーーそうじゃ」
「あんたらを見とってな、どうしてもどっちが上か試したくなった。しかしやっぱりアレやな、兄弟の愛は男と女の恋愛ちゃうな」ヒルコが言った。
将門が戻ってきた。
「ーー加勢してくれれば良かったのに」ラジャが言った。
「加勢しろと言っても近づけんし、そもそもどっちがどっちかわからんわい」
将門が言った。「しかしこれで第六天魔王を倒し、この世界の王になる訳じゃな」
「わいは第六天魔王ちゃうで」ヒルコが言った。
「え?」成海が言った。
「言うたやろ、わいはどっちが上か試したかったって」
「え?だってあんたここにうちらを連れてきたやん」
「魔王がそんなことするかいな。わいはあんさん達を利用して魔王を倒す算段やったんや」
「だってうちらを襲ってきたやん?」
「そやからさっき言うたように、あんさんらを利用するつもりやったけど、その前にあんさんらとどっちが上か試してみたくなったんやて」
「だってヒルコ、あんた金印持ってへんやろ?ここには来れへんのちゃうか?」
「わいらは歓喜天になれるからな、この国では仏さんは神さんより上や。だから来れたんや」
その時、成海の背中にぞくっと悪寒が走った。
「ーーなんや?この感じ」
「あ…」ラジャは声にならない言葉を吐いた。
(昨日と一昨日のあの夢ーーあれはボロディノだ!)
「来るーー」ヒルコも頭を抱え出した。
「え?来るのか?第六天魔王が」
さっきまで光っていた空気も、この地を祝福するように奏でていた音も、消えていくのが成海にはわかった。
(空気が淀んでいくーー)
その時、一人の男が現れた。
「ーー吾は御真木入日子印恵命(みまきいりひこいにえのみこと)、亦の名を、倭健命」
「ーーえ?倭健命?こいつが?」
そして御真木入日子印恵命の前に、もう一人の男が現れた。
「父上!」とヒルコが叫んだ。
「え?ヒルコのお父さん?」成海が言った。
「ーー吾は大倭根子日子国玖琉命、亦の名を、倭健命」
(え?倭健命が二人?ーー)
倭健命と名乗る二人の男が近づいていく。
二人の体が合わさり、凄まじい光を発した。そして光が消えて現れたのは、2つの顔が後頭部で合わさり、腕が4本ある怪物だった。
「ーー両面宿儺だ!」ラジャが叫んだ。
「じゃ、こいつが本当の第六天魔王ーー」成海が言った。
「ほっほっほ、お前達もおしまいだねえ」と女の声がした。
「玉藻前!」成海が叫んだ。
「母上!」と叫んだのはヒルコだった。
(え?母上?)
「来たな、玉藻前、いや伊迦賀色許売命」と言ったのは両面宿儺だった。
(あの時のおばはんが玉藻前ーーヒルコもそうやけど、あの時感じた違和感はこういうことやったんか)
「日子大毘毘、この母はお前の者ではないぞ」
両面宿儺が向かってきた。ラジャ、将門、ヒルコは両面宿儺の攻撃を避けた。
「ーー吾は父なり!吾は倭健命なり!吾は初国知らす天皇なり!それを貴様達は何と思っておるのか!」
ラジャが阿修羅になり、ヒルコ、将門、足往が両面宿儺を攻撃するが、両面宿儺の4本の腕は、攻撃をことごとく跳ね返していく。
両面宿儺の顔、そして体が腐り始めた。
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