ラジャ・マハラジャの冒険⑪
「かぐや姫がいるんか?」成海が言った。
「はい」と、屋敷の奉公人は言った。「お会いになりますか?」
「もちろん!よろしくお願いします」成海が言った。
一同は、かぐや姫の部屋に案内された。
「旅の方、ようこそお越し下さいました。妾(わらわ)はなよ竹のかぐや姫と申す」と言って、かぐや姫は深々と頭を下げた。
「なるほど、光輝くように美しい」と将門が言った。
「なんか男が偽物を持ってきたとか」成海が言った。
「ええ、妾には求婚者が後を立たなかったのじゃが、妾は断り続けていたのじゃ。妾を育ててくれたさぬきの造(みやつこ)には『この世界では男と女は夫婦になるのが当たり前じゃ』と言われたのじゃが、妾は顔もよくない男と結婚して、深い心も知らすに浮気でもされたらつまらぬと思ったのじゃ」
「あー浮気な、わかるわ」
成海はラジャを見て言った。「まーうちは別に付き合っておらんけどな」
「妾に求婚する男は五人に絞られた。そこで妾は、五人に妾の言うものを持ってくればその人にお仕えすると申し上げたのじゃ」
「男を試したんやな、わかるわ。いざという時に甲斐性のない男はあかんからな」
成海はまたラジャを見て言った。
ラジャをいたたまれない気持ちになった。
「それで五人の男にそれぞれ、石作皇子には仏の御石の鉢、倉持皇子には蓬莱の玉の枝、右大臣阿倍御主人様には火鼠の皮衣、大納言大伴御行様には竜の首の珠、中納言石上麻呂様には燕の生んだ子安貝を持ってくるようにと申し上げたのじゃ」
「なんやわからんがすごい注文やな。まああんたくらい美人なら、男にそのくらい注文つけてもええなあ」
「ところが石作皇子は大和国の十市郡にある寺のただの鉢を持ってきて、嘘がバレてもまだ妾に言い寄ってきた。そこで世間は思い嘆くことを『はぢを捨てる』と皇子を言うようになったのじゃ」
「あー情けな。言われたこともできひんのに未練たらたらかい」
「阿倍御主人様は火鼠の皮衣を持ってきたが、火にくべると燃えないはずの火鼠の皮衣が燃えてしまった、御主人様を問い詰めると、唐の商人からその皮衣を買ったことがわかった。そこで世間はやり遂げられないことを『あへなし』というようになったのじゃ」
「ハンパな男やなあ、テキトーな男はあかんで」
(別に騙そうとした訳じゃないんじゃ?)ラジャは思った。
「大伴御行様は竜の首の珠を取りに海に出て、病にかかって目が李のようになった。世間は『御行様は竜の首の珠を取りなさったか』『御行様は目に2つ珠をつけていらっしゃる』『ああ食べがたい』と言って、理に合わないことを『あなたへがた』というようになったのじゃ」
「はっはっは!身の丈に合わん努力をするからそうなるんや」
(竜は海にいるんじゃ?努力の方向は間違ってないと思うけど)ラジャは思った。
(世間とは酷いものよ…)と将門は思った。
「石上麻呂様は屋根の燕の巣を掴んで、子安貝らしきものを掴んだが、屋根から転落して腰を打った。しかもその手に掴んだものは燕の糞じゃった。世間は期待外れのことを『かひなし』と言うようになったのじゃ」
「はっはっは!きったなー!」
(燕が生んだ子安貝なら、燕の巣を探すしかないやろ)ヒルコは思った。
「そして今出ていったのが倉持皇子じゃ。蓬莱の玉の枝は偽物の上に、それを作らせた職人には金を払ってない」
「最低やなその男」
(確かにその男は一番悪い)とラジャ、ヒルコ、将門は思った。
「姫様ー!」と、庭から声が聞こえた。
見ると、兎がこちらへと走ってくる。
「あ、あの時の兎!」成海は嬉しそうに言った。
「あ!あなたはあの時の!」と兎が言った。
「あんた、島には行けたか?」
「おかげ様で!」
「この天の羽衣、あんたがくれたんやな。ありがとな、着心地ええで」
「お主達知り合いか?して兎、何の用じゃ?」かぐや姫が言った。
「あ!姫様、あの狸の怪我が治りました!」と兎、
「なんじゃと?」
「ご安心ください。あの狸を沈めるために大きな泥舟を用意しておきました」
「ーーなあ、さっきから何の話や?」成海が聞いた。
「はい。私はこのかぐや姫の育ての親のさぬきの造の夫婦とは元々仲良しだったのですが、先日さぬきの造は近所で悪さをする狸を捕まえて、おばあさんに狸汁にするように言いました。ところがおばあさんが狸に殺されてしまったのです」兎が答えた。
「なんやて!」
「おばあさんは殺されて婆汁にされてしまいました」
「許せんな、なんて狸や」
「私は仇を討つために、狸を柴刈りに誘い、狸の柴に火をつけました。狸は火傷を負い、私は薬と言って、狸に唐辛子の入った味噌を渡しました。狸はもっと痛みで苦しみましたが、その火傷が治ったので、次は泥舟に乗せて沈めてやろうと思っているのです」
「はっはっは!えーなあ。ざまあみろや」
「ほんに、溺れ死ぬところを見ないとな」かぐや姫が言った。
「一思いに殺せ」将門が言った。
「牛車の用意を」かぐや姫が言った。
一同は外に出た。そして兎を先頭に沼に向かった。
そこに狸がいた。かぐや姫はおばあさんの関係者のため、牛車を降りて茂みに隠れた。
「狸、臭いよ。あんた体洗った?」兎が言った。
「洗ったよ!君に会うために、火傷が直ってすぐに」狸が言った。
「本当?すごく臭いよ」
「あ、ほんまや。臭い臭い」
成海がそう言って鼻を摘んだ。狸は恥ずかしそうにもじもじした。
「なるほど、ホの字な訳やな」ヒルコが言った。
「それはそうと、あんた私のために魚を獲ってきてくれるんでしょ?」兎が言うと、
「うん!君のため。いっぱい魚を獲ってきてあげるよ」狸の顔が明るくなった。
「うちも魚が食いたいなー」成海が言うと、
「この人私の友達だから、この人の分もいっぱい獲ってきてあげてね」と兎が合わせた。
「わかった!任せとけ!」狸は頼もしげに言った。
「あんたのために大きな舟を用意してあげたから、この舟にいっぱい魚を獲ってくるんだよ」
兎は狸を泥舟のところに案内した。
狸が泥舟を漕ぎ出すと、泥舟の泥が水に溶けて、泥舟に水が入り込んでくる。
「わ!この舟沈むよ!」狸が叫んだ。
「その舟が魚いっぱいになるまで戻って来ちゃダメだからね!」兎が叫んだ。
「沼の真ん中に魚がいっぱいいるで!そこまで行きや!」
成海も兎に合わせて言った。
狸はおろおろしながら、泥舟を沼の真ん中まで漕いでいき、魚を獲ろうとしている間に、泥舟はすっかり沈んでしまった。
「わっ!」
狸は溺れて、やがて沼に沈み上がってこなくなった。
「ーーやったな!」かぐや姫が駆け寄ってきて言った。
「ははっ!ざまーみろ!」成海が笑った。
「やったー!やったー!」兎がはしゃいだ。
「ほんとに殺しちまった…」ラジャが呟いた。
「男なんてほんに嘘つきで、騙すことしか考えておらんからな。いい気味じゃ」かぐや姫が言った。
「男はみんな女を口先で騙せると思ってますからね!」兎が言った。
「ほんまや!男なんてやることしか考えてへん!」
成海が叫んだ。「男なんて、みんなこうなっちまえばいいんだ!男なんて!」
叫んだ成海の目から、涙がぼろぼろと溢れ落ちた。
「わ!どうしたの?あなた」兎が心配して言った。
「どうしたのじゃ?悩みなら聞くぞ」かぐや姫が言った。
二人が色々なだめようとしたが、成海の涙は止まらない。
「あ!」
今度は、かぐや姫の顔にみるみる皺が増え、髪は白髪になり、かぐや姫は老婆になってしまった。
「ーー母上」と、男の声がした。
「あ!聖徳太子!」ようやく涙が止まった成海が言った。
「お暇乞いに参りました」
聖徳太子が言った。「私もようやく、現し世に未練を持つべきではないと気づきました。母上にお会いして成仏したいと思います」
「厩戸王子ーー」
かぐや姫は聖徳太子に向かって歩き、抱きしめた。「この世で我が子の幸せをあれほど願ったはずなのに、なぜこのようなことになったのかーー」
「かぐや姫が聖徳太子のお母さん?」成海が言った。
「全て天命なのです、母上。さらばでござる」
そう言って、聖徳太子は消えた。
「ーー旅の者達、そなた達に渡したいものがある」かぐや姫は言った。
いつの間にか、兎は消えていた。
老婆になったかぐや姫は牛車に乗り、一同はかぐや姫の後を追って屋敷に戻った。
部屋で待たされると、かぐや姫は二振りの剣と箱を持ってきた。
「そこの者」
かぐや姫はラジャを呼んで、剣の一振りを渡した。「この剣は布都御魂剣じゃ。神倭伊波礼毘古命(神武天皇)が熊野の山中で大熊に遭いて死にかけた時、それを救った剣じゃ」
次に将門を呼んで、
「この剣は天之尾羽張じゃ。伊邪那岐命が火之迦具土神の首を斬った剣じゃ」
と言って剣を渡した。そして成海を呼んで、
「これは玉手箱じゃ」
かぐや姫は言った。
「わ!玉手箱や!」
「妾は妾の元に通いながら、他のおなごへと通う男を憎んだ。我が子にそのようになってほしくないと願いながらも、我が子も同じことをしてしまう。富や権力に幸せを求めても、富や権力も他人に奪われてしまうーー」
そう言って、かぐや姫は消えた。
屋敷も消え、辺りは草原になった。
成海は箱をくくる紐を解き、蓋を開けた。
箱の中から煙が立ち昇り、煙が消えると、成海は皺くちゃの、髪が真っ白な老婆になっていた。
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