ラジャ・マハラジャの冒険⑮
八俣の大蛇の速須佐之男命を倒すと、ミシャグジは森の中へと消えていった。
「ーー行こうか」ヒルコが言った。
しばらく歩いて夜になったので、そこで野宿をすることにした。
野宿では、ラジャと将門が交代で見張りをした。
先にラジャが見張り、将門と交代して、ラジャは眠った。
寝ている間、ラジャは夢を見ていた。
自分が軍隊を率いている夢だ。
目の前に、敵味方の無数の死体がある。
司令官である自分が言う。
「これほど美しいとは思わなかった」
そこで、ラジャは目が覚めた。
(美しい、か。そうだな。勝利とはいいものだよな)
ラジャは、まだ痛む右腕を軽くさすった。
明け方になり、出発することにした。
途中、雨が降ってきた。
成海は、頭に天の羽衣を掲げて、雨をしのいだ。
(ーー寒い)
成海は思った。途切れることのない雨は、体を芯まで冷えさせる。
ラジャ、将門、ヒルコ、ゼンキ、ゴキは濡れたままだった。足往は何度も体を振って水を飛ばした。
昼の休憩でも、ずっと焚き火に当たってなければならなくなるほど寒かった。
寒さを我慢して出発し、夕方になる頃、
「吾は天之菩卑能命(あめのほひのみこと)」と言って、一人の男が出てきた。続いて、
「吾は阿遅志貴高日子根神(あじしきたかひこねのかみ)、これは我が大刀、大量(おおはかり)」と言って、既に剣を抜いた男が出てきた。さらに、
「吾は天若日子(あめのわかひこ)」と言って、弓矢を持った男が出てきた。
天之菩卑能命は将門に、阿遅志貴高日子根神はラジャに斬りかかっていった。
雨の中で、乱戦になった。
「ぬおっ!こやつら手練じゃぞ」将門が言った。
ラジャも将門も、それぞれの敵のあしらいに苦労している。そこへ天若日子が矢を放ってくる。
「ラジャ!森の中に入れ!足往!あの男を狙え!」将門が言った。
足往が天若日子に向かって走っていき、その間にラジャと将門は森を盾にして天若日子の矢を防ぐために森に入った。
辺りはすっかり暗くなった。雨はますます強くなり、雷も鳴り出した。
暗いため、戦いの様子が見えない。
ラジャも将門も、見て戦っているのではなく、気配を感じて戦っている。
攻撃の気配を感じると転がってかわし、起き上がりざまに剣を振る。ラジャも将門も泥だらけになっていた。
(ーー嫌や、こんなの)
成海はレオン・ラッセルの『Strenger in a strenge land』を歌った。この曲は赤ちゃんから見て、この世界は赤ちゃんにとって見知らぬ土地の見知らぬ人で、金儲けを止めてリラックスしようという曲である。
すると、遠くから波の音が聞こえ、波の音はどんどん大きくなっていった。
「ーー津波や!」ヒルコが叫んだ。
津波は辺り一面を飲み込んだ。
潮が引いた。
目の前に、亀に乗った老人がいる。
「ーー浦島太郎?」成海は呟いた。
「吾は師木津日子玉手見命(しきつひこたまてみのみこと)」と、その老人は言った。
天之菩卑能命、阿遅志貴高日子根神、天若日子も、老人の挙動を注視している。
「その娘の願いにより参上した。この暗がり、この雨で互いの姿も見えず、己の力量を発揮することなく命を落とすことになってはつまらぬじゃろう。双方武器を収めるがよい」
天之菩卑能命、阿遅志貴高日子根神、天若日子は、武器を収めて立ち去っていった。
成海は泣いていた。老人は成海に近づいて、
「娘よ、泣くでない。此度はこの暗がりで、火も使えぬのに命のやり取りをすることはないと思い仲裁したまでのこと。時がくれば、どんなに辛くとも戦わねばならぬ時がある。娘よ、そのことを心に刻むがよい」
そしてラジャ達には、
「お主達は滋賀に行け」
と言って、老人は去っていった。
「あーあ、あのじいさんネタばらししょった」ヒルコが言った。
ラジャと将門、足往が戻ってきた。
「ーー良かったあ…」
成海は膝が濡れるのも構わず、その場に座り込んだ。
「ーー今日をやり過ごしただけじゃ」将門が言った。
成海が将門を見つめた。さすがの将門も、成海から目を逸らした。
「それでもーー良かった…」そう言って、成海は泣いた。
「はいはい、そのくらいにしときや」
ヒルコが言った。「しかし、この雨やと火が焚かれへんで」
「火がないと、ご飯が炊けへん」成海が言った。
「今夜は干物で我慢するしかないな。もっとも乾飯は作っておいた。少しやけどな」
ラジャがバッグから、干物と乾飯を出して、みんなに分けていった。。
(体が温まらへん…)成海は、干物と乾飯を食べて思った。
成海は干物と乾飯を半分残し、
「足往、お食べ」
と、足往の口に干物と乾飯を持っていった。足往はべろっと舐めて、干物と乾飯を食った。
(足らへんが、これで食事は終わった。この雨じゃ明日も火は焚かれへんかもしれんけど、足往は自分で獲物を獲ってこれるやろ。今夜は寝かしとかないと。あとはーー)
「こんなに寒くちゃ、火もないのに寝れないよ」ラジャが言った。
「寝る方法はあるで」
成海はそう言って、森の中でも一際大きな木を指差した。「ーー足往、あの木の根元に寝そべってな」
成海は足往を木の根元に連れていき、「そうや、こう、木と向かい合うようにな」
と、足往を寝そべらせた。
「みんな、足往の体を拭くんや。少しでも水気を取る」
みんなで足往の体を拭いて、ラジャは足往の腹に、ヒルコと将門は足往の背中に、ゼンキとゴキは足往の体の上に乗って寝ることにした。
成海は、足往の顔に頭をうずめて眠った。
足往の体は湿っていたが、充分暖かかった。
「ーー傷は痛むか?ごめんな、こんなゴツゴツした木の根っこに寝かしてなーー」成海は足往に声をかけた。
翌朝。
(やっぱりあんまりよく眠れへんかったな)成海は思った。
雨は止んでいた。しかし火が焚けないので、昨日と同じく干物で食事を取った。
「ーーこれで干物は最後だ」ラジャが暗い顔で言った。
「え?それじゃうちら食うものなくなっちゃうやん」成海が言った。
「なあに、大丈夫やろ」
ヒルコが言った。「この世界の始まりの地はもうすぐそこや」
「え?ほんまか?」成海の顔に喜色が指した。
「ほんまや、もうすぐ昨日のじいさんが言っとった滋賀や。嬢ちゃん、その辺の食える草を探して取っといてや」ヒルコが言った。
野草を摘んで、一行はしばらく歩いて、日が充分に差してくると、早めの昼食を取った。
「これならなんとか火が焚けるやろ」ヒルコが言った。
足往が今度は、鹿を獲ってきた。
「やった!足往、偉い!」成海は大喜びした。
将門が捌いて、鹿肉で鍋をした。食事が終わる頃、
「わっ!」
と周囲から、敵が攻めかかってきた。
一行は、鍋をそのままにして立ち上がり、逃げ出した。
「ここは殿(しんがり)を引き受ける!」将門が言った。
将門が戦っている間に一行は逃げ、将門も追いついてきた。
次にラジャが殿をやり、ラジャが追いついてくると足往が代わった。
「ーーあ!海岸や!」成海が言った。
「あそこが始まりの地や!」ヒルコが言った。
「海岸が?」と成海。
「ならここは琵琶湖?」ラジャが言った。
しかしここで、天之菩卑能命、阿遅志貴高日子根神、天若日子が出てきた。
「ーくっ!」
ラジャ、将門、足往は三柱の神を相手にするために引き返した。
「ーーあ!天橋立や!ここは宮津や!」
成海の声で、ラジャは海岸線を見た。
「違う!宮津じゃない!将門!足往!ここを頼む!」
と言って、ラジャは海岸線に向けて走り出した。
「ーーこら!どこへ行く!」将門が叫んだが、
「すぐ戻る!」
と言って、ラジャは波打ち際で大ジャンプをした。
たちまちラジャの姿は見えないほど小さくなり、やがて天橋立らしき岬の先端に、何かが光るのが見えた。
その光を見て、敵は明らかに怯んだ。
(ーーなんじゃ?)敵の様子を見て将門は思った。
その光が飛んできた。
光が波打ち際に落ちた。それは光るものを手に携えたラジャだった。
「これを見ろ!」
ラジャが言った。「これぞ王の印だ!」
敵は大いに動揺し、我先にと逃げ散っていった。
「ーーそれはなんや?」成海がラジャに近づいて言った。
「金印だよ」ラジャが言った。
「金印?」
「西暦57年、後漢の光武帝が奴国に送った金印だ」
「そんなものが、天橋立の先っちょにあったいうんか?」
「天橋立じゃない。海の中道だよ」
ラジャは、金印の下の部分を見せた。
漢委奴国王
とある。
「海の中道ってどこにあるんや?」
「福岡だよ」
「福岡?うちら滋賀に向かっとったんやないんか?」
「いや、合ってるよ。この金印はその先端にある志賀島から発見された」
「この金印を持ったものがーー」将門が言った。
「王の元に行けるフリー切符と言う訳だ」
「あ!ヒルコがいない!」成海が言った。
「やっぱりーー」ラジャが言った。
成海がヒルコを探したが、ヒルコは見つからなかった。
「ではここで待てば良いと?」将門が言った。
「いや、ここは始まりの場所じゃないよ」ラジャが言った。
「ヒルコが嘘を言ったというんか?」と成海。
「成海ちゃん、なぜヒルコは俺達をここに連れてきたと思う?」ラジャが聞いた。
「金印があるからやろ」
「それもある。でもここはこの国の始まりの地としてはふさわしくない。この金印が送られたのは卑弥呼の時代より前だ。この国の始まりの地は、日本が広範囲に統一された時代を象徴する場所でなければならない。それでも俺達は、始まりの地より前の時代にきた」
「なんでそんなことが起こったんや?」
「似ているからだよ、その場所がここに。成海ちゃんもさっき間違えただろ?」
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