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「伏線回収」と「叙述トリック」の誤用にご注意を

日本語の誤用が気になります。
特に「伏線回収」と「叙述トリック」の誤用がすごく気になります。
どちらの単語も「びっくりしたオチ」という広い意味で使用している人が多いと感じます。

この記事は「伏線回収」と「叙述トリック」について例文を挙げながら説明をし、作品をより深く味わうための知識が増えるような(つまり誤用を減らすための)解説を心掛けております。
この2つについて曖昧な方はもちろん、すでにご存知の方もぜひお読みいただきたいです。
そしてこの記事にあやしいところが無いかご確認いただけましたら大変助かります。

◼️ 伏線回収はヒントとオチが重要


「伏線回収」は推理小説を例にすればわかりやすいでしょう。
背が高い人と低い人がいる。高い位置にあるものを操作するために台を使った痕跡がある。
この場合「背が低い人」という情報が伏線になっています。
そして「背が低い人」が高い位置にあるものに届かないから台を使った、と分かること(ネタばらし)が「伏線回収」となります。

なので後出しで核心的な情報が公表されるものは「伏線回収」ではなく「伏線あと付け」という表現が近いでしょう。
また、当初は伏線として用意されていなかった情報を再度登場させて伏線だったと示すのも「伏線あと付け」と言えるでしょう。
「伏線回収」に必要なのは、始めから作者の中でオチ(ネタばらしの仕方)が決まっていることと、そのために用意された「伏線(ヒント)」がセットになっていることです。

すでに示されていた情報が実は「伏線」だった、という驚きも「伏線回収」の醍醐味でしょう。
伏せられた情報(ヒント)がさりげなく、オチに無関連だと思わされており、明かされた際にヒントへの気付きと驚きと納得を得る。
こうして読み手は大きな感動と快感に包まれます。

「伏線」はあくまで作者から読み手に与えられた「ヒント」であり、オチとセットであることが重要ということです。


似た言葉に「フラグ回収」と「タイトル回収」があります。
「フラグ回収」は、例えば「死亡フラグが立つ」という出来事があり、その後死亡することで「フラグ回収」が成立します。
「死亡フラグ」は、強敵を前に将来の夢を語る。事件が起きた夜に外を出歩くなど、言わば「映画あるある」のようなものでネタ化しています。

「タイトル回収」は語呂の良さから使われていると思いますが「回収」ではありませんね。
作中にタイトルが登場することで感動と快感を得られますが、回収するためにタイトルを付けるわけではありません。
ある事実が明らかになることでタイトルの意味が変容してしまう作品が存在します。
これは作者が読み手に向けて仕掛けたミスリード(意図的な誤認)です。
その結果作品世界の奥行きを広げ、この現実世界の豊潤さに気付かせてくれる演出となります。

なので意味通りにするなら「タイトル回収」ではなく「タイトル作中登場」や「タイトル誤認」と使い分けるのが良いのかも知れませんが、わざわざこのような言い回しをする人はいませんし、「タイトル回収」という言葉が市民権を得た以上はこのまま使われていくことでしょう。

以上を踏まえておすすめしたい作品は『寄生獣』(岩明均)です。
伏線回収やタイトルの意図などとても綺麗に構成されています。
マンガとしても一級品の名作ですので未読の方はぜひご覧ください。

◼️ 叙述トリックは映像化(原則)不可能


「叙述トリック」という単語も最近誤用が目立つようになってきました。
元々意味がわかりにくいという理由以外に、実際に作品を体験しないと本質を理解できない、というのも誤用しやすい理由のひとつだと考えています。
「この小説は叙述トリックである」という説明自体がその小説の楽しみ方を大きく損なう振る舞いのため、おすすめする時に説明が難しいという難点もあります。
(無粋にも「大どんでん返し!みんな騙される!」など叙述トリックを示唆するような謳い文句を掲げる人もいますが僕は許しません)

「叙述トリック」とは、「作者が読者”だけ”に仕掛けたトリック」です。
重要なのは読者は文章から作品世界を想像するしかない、という点です。
映像で認識していないということです。
例えば「大学生」と書かれていれば20歳くらいを想像するでしょうし、「佐藤真弓」と書かれていれば女性を想像するでしょう。
また、会話の内容から「日本の出来事」だと想像したり、特に説明が無ければ現代の話として読み進めるでしょう。
そして終盤になり、佐藤真弓(65歳・男性・大学生)が2550年に火星で体験した話だったと明らかになったら、これまで読んで頭の中に出来上がった作品世界が全部崩壊することになります。
ですが作品内では佐藤真弓本人は何も変わっていませんし、時代も環境も何も変化していません。つまり登場人物たちは何も驚いていない。
読者だけが勝手に勘違いをして驚いています。
これが「叙述トリック」の本質です。
作者が読者の思い込みを利用してミスリード(誤認するよう誘導)したわけです。
嘘は書いていないけど真実は明らかにしていない、と言い換えることもできるでしょう。

これらを踏まえ、最近目にした感想文での「叙述トリック」の間違った使い方を例に挙げたいと思います。
ドラマ『あなたがしてくれなくても』の最終回を見た方が「盛大なタイトル叙述トリックに引っかかってた」と発言したとある記事にまとめられていました。
発言者はどうやら「当初タイトルから受けた印象と、最終回で明らかになったタイトルの印象にギャップがあった」と言いたいようです。
これは「タイトル回収」の説明ですでに申し上げた通り「タイトル誤認」に当たります。
「叙述トリック」とはまったく関係ありません。
(そもそも「叙述トリック」は映像化不可能です。小説を読む人の想像力を利用したものだからです。映像化してしまうと「叙述トリック」の醍醐味が喪失します)
(厳密に言えば映像を利用した「叙述トリック」はあり得ます。例えば菅田将暉が走ったり怒ったり泣いたり殺人を犯す教師を演じているとしましょう。映画を観ている我々はすべてのシーンが同じ登場人物としか思いませんが、すべて別の登場人物で菅田将暉が一人4役を演じているという「叙述トリック」は可能でしょう)

他にも映画『怪物』の感想でも間違った使い方を目にしました。
「怪物って本当は○○だった」という展開に驚き叙述トリック的と評しているのですが、これも叙述トリックではありません。
一面的な見せ方をして核心的な情報を伏せている作品のことを叙述トリックだと勘違いしているようです。
他の視点から物語を振り返ったことにより真実が明らかになったことを指して「叙述トリック」だと書いていますがこれは間違いです。
他にも『怪物』の感想に叙述トリック的・叙述トリック風と書く方が何名かいらっしゃいました。
この作品は構成的に鑑賞者が驚くような仕掛けが施されているため、それをまとめて「叙述トリック的」と評したくなるのかも知れません。
ですが説明した通り「叙述トリック」は読者だけが騙されてしまうもの。
作中の人物も鑑賞者と同じように勘違いしている状況は「叙述トリック」とは別物です。

「作者が読者”だけ”に仕掛けた読者の思い込みを当てに誤認誘導した文章のトリック」が「叙述トリック」の本質です。

以上を踏まえておすすめしたい作品は『叙述トリック短編集』(似鳥鶏)です。
装丁のイラストは『天国大魔境』が話題沸騰中の石黒正数先生です。
先ほど「「この小説は叙述トリックである」という説明自体がその小説の楽しみ方を大きく損なう振る舞い」になる、と説明しましたが、この短編小説はそのものずばり叙述トリックであることを最初から謳っているため安心して説明できます。
どの短編も「これぞ叙述トリック!」というもので入門書としても最適かと思います。

◼️ まとめ


以上で「伏線回収」と「叙述トリック」の説明を終わりたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。
それぞれ誤用を避け、正確な意味で言葉を使用していきたいものですね。

実はこの記事。説明に見せかけて「ある意図」が隠されていたことにお気づきでしょうか。

それは『寄生獣』と『叙述トリック短編集』をおすすめすることです。
この方法を一般的に「オタク」と言います。
だからどうしたと言われたらそれまでですが。

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