『ようこそ!FACTへ』 陰謀論との接し方について
『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』(魚豊)を読んだ時のおもしろさと不穏さは何が理由なのでしょう。
前作『チ。-地球の運動について-』では天動説が常識とされた時代に地動説を貫き通す人々の生き様が描かれました。
全8巻で読みやすく、そして大変すばらしい作品です。
では『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』(以下『ようこそ!FACTへ』)の面白さはどのようにお伝えできるのでしょうか。
陰謀論への接し方、距離の取り方については絶妙な描かれ方をしていると感じます。
以下作品の内容に触れますが重大なネタばらしなどはありません。まだ始まったばかりの作品ですのでぜひお読みいただきたいです。
この作品のおもしろさ。そしてこの世界のおもしろさを実感していただけたら望外の喜びです。
■冒頭の不穏さ
アメリカのピザ屋で銃乱射事件が起きてしまったシーンから始まるこのマンガは、『住みにごり』(たかたけし)の冒頭と同じような不穏さを感じます。
『ようこそ!FACTへ』はいわゆる陰謀論を扱った作品です。
主人公が陰謀論に目覚め、やがて世界を守るために戦うという展開が待っているとしたら、冒頭の銃乱射事件のように彼にとっての敵に対し革命の為の一撃を加えてしまうのではないか、という不穏さが漂います。
この作品の感想コメントから「ピザゲート事件」というのを知りました。
ワシントンのピザ屋が児童買春組織に深く関わっているというネット情報を得た若者が、ピザやチーズなどの単語が幼児や性行為を示す隠語だと気付き、捜査するためにライフル銃を所持してピザ屋に訪れた事件だそうです。
『ようこそ!FACTへ』の冒頭はおそらく「ピザゲート事件」を意識しているでしょう。
目覚めた主人公の未来を示唆しているように思えてなりません。
■スティーブン・セキルバーグ(関暁夫氏)のような人物
『ようこそ!FACTへ』にはスティーブン・セキルバーグに似た風貌の男が登場します。
「先生」と呼ばれる彼はディープステートが世界を滅ぼすと信じ危機感を抱いています。
ミスター都市伝説・関暁夫氏は「気付け!」とよく口にします。
「先生」が様々な人たちを目覚めさせ、ディープステートに立ち向かうのか。
立ち向かうための手段はどのようなものなのか。
「先生」は洗脳を施すように主人公に語り掛けます。
主人公は世界の真実に目覚めたのか。それとも「先生」が持つ教義に塗り替えられただけなのか。
東京S区第二支部(墨田区か?)が舞台ということは、いつか東京本部が登場するかも知れません。
構成員の規模や目的は今のところ不明。インフルエンサーのSNSアカウントに批判的なコメントを送る活動を日々行っている事が描かれています。
目覚めていない人たちにとっては怪しさがものすごいです。
それゆえに惹かれる部分があるのも事実で、とても上手いキャラクター設定だと感じました。
■『チ。-地球の運動について-』との違い
魚豊先生は前作『チ。-地球の運動について-』(以下『チ。』)で、15世紀頃のヨーロッパを舞台に、天動説という「当時の常識」に抗い続ける人たちを描きました。
『ようこそ!FACTへ』も同じく「常識」に抗い続ける人たちが描かれます。
明確な違いは「読者の認識」です。
『チ。』を読む時「天動説は間違いで地動説が正しい」という知識を踏まえた上で読み進めることができました。言わばオチが予測できる状態です。「地動説が正しいという今のこの時代へとつながっていくのだろう」と。
『ようこそ!FACTへ』は正反対です。
陰謀が実際に存在したかどうかを確かめようが無いため、「陰謀論者が警告していたこと」が正しいのか「一般人が陰謀論をバカにして笑うような振る舞い」が正しいのかわかりません。
つまり『チ。』は「読者の認識」が「地動説支持者」ほぼ1種類(ほぼと付けたのは天動説を信じる人もいまだにいるため)ですが『ようこそ!FACTへ』は「陰謀論に気付いた人」「陰謀論をバカにする人」「静観する人」の3種類に分かれます。
この作品がすごいのは、どの立場であっても楽しく読むことができるという点です。
「陰謀論に気付いた人」は「攻めてるね」と思うでしょう。
「陰謀論をバカにする人」は登場人物が陰謀論者に染まっていく様を見て「こうなってはならない」と思うでしょう。
「静観する人」は純粋にマンガ内のストーリーを楽しめるでしょう。
■「わかる」とはどういうことか
僕は「陰謀論者」寄りの考え方です。
正確には「陰謀があるか無いか知る方法が無いじゃん派」です。
ディープステートやジャパンハンドラーなどが存在しないとどうやって知り得るのでしょう。
クライシスアクターなど居ないとどうやって知り得るのでしょう。
存在する証拠が無いから「存在する!」と強く言えない。でも存在しないという証拠すら無い。
なので「知る方法が無いじゃん」という立場です。
「存在するかも知れない」と警戒し、その後存在しませんでした、というのと。
「存在するわけない」と嘲笑し、その後やっぱ存在してました、というのと。
一体どちらが良いでしょう。
そもそもこの世界の出来事を「わかる」ことはできるのでしょうか。
例えば科学について「わかる」のでしょうか。
もちろん化学反応については学習することができるでしょう。
何かが燃えたら化学反応が起きたということを学習できます。
ですが科学について我々一般人が「わかる」ことなど可能なのでしょうか。
僕はリモコンのボタンを押せばエアコンがつく、ということは学習してますが、なぜそうなるのかは全然わかっていません。
2023年9月現在、ロシアとウクライナの間で戦争が起きています。
日本の報道ではロシアが悪でウクライナが善であるかのような偏向報道がなされていますね。
ロシアがなぜウクライナに軍事侵攻をしなければならなかったのか。それはわかりません。
陰謀論で「ロシアの軍事侵攻は存在せず、すべてウクライナの自作自演だ」というものがあります。
僕にはウクライナの自作自演は1件も無いのか、それとも何件かはあり得るのかわかりません。
すべてが自作自演だとしたらロシアやアメリカの協力が必要となるため、それはあり得ない気がしますが、絶対にあり得ないとも言い切れないです。
なぜならわからないからです。
■まとめ
『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』は今後ますます目が離せなくなります。
作品としての面白さはもちろんのこと、不穏さを湛えたまま進むストーリーに加え、我々がまさに直面している陰謀論とそれに翻弄される人々という現実的な問題が、この作品の背景を強力なものにしています。
主要な登場人物が今後どうなっていくのか。
『チ。-地球の運動について-』では主人公と思われていた人物が次から次へと交代していきましたが、本作はどうなるのでしょうか。
『チ。』では「美」が物語の根幹にありました。
『ようこそ!FACTへ』の物語の根幹には何があるのでしょうか。それは「正しさ」かも知れません。
陰謀論者も、アンチも、静観する人々も、みんなそれぞれ「正しさ」を持っています。
誰もが正しさを掲げ行動しているにも関わらずなぜか正しくないことが遂行されていくような感覚に陥ります。
でも、だからこそこの世界はおもしろい。
混沌が激しさを増していくこの世界に対して陰謀論をテーマに「正しさ」を説いていく。
無謀にも見えますが心が躍るのも事実です。
魚豊先生が思うがままに最後まで描き切っていただけるよう願っております。
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