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直感と論理と時間が「利他」を指し示す時代

都会から山の見える地方に移住してきて20年近く。「本とか、テレビとか、ほとんど見てこなかった(興味なかった)のだなぁ自分」と実感するこの頃。それだけ、身近な自然、モノ、人が魅力的で刺激的だったからにほかならないのですが、そんな生活を始めてあっと言う間に20年近くが経ってしまいました。

そんな今、わたしは自分の世界とは全く違うところにいた人たちに囲まれて(つまり、博学であったり、情報をたくさん集めていたり、都市で活躍していたり)、自分が引き上げられていくのを感じています。

出会って数年。そして、ここ数ヶ月か、せいぜい1年ぐらい、訳あって彼らからの情報シャワーを浴び、今までただ息をして生きてきただけのことに論理があったり、弱気になっていたことや疑念が消えなかったことが自信になったり、そして確信に変わったりする時間を過ごしています。

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知識を得て自分たちの取り組みが言語化される

8年近く前、株式会社「週休いつか」という広告デザイン会社をつくり、そこで「爆発芸術舎」(美大芸大進学から始まり、いまは子どもアートスクールをおこなうアトリエ)を皮切りに、長野県飯田市界隈で様々なコンテンツを生み出してきました。

今になってわかるのは、困ったら「アート」という言葉で誤魔化したり、理屈を考えるべき多くのことを感覚にのみ委ねてきたのも、つまり知識がなかったからだったんだと(笑)。

この頃、急速に自分たちの取り組みや考えが言語化されていってる状況です。ようやく人に伝えられる土壌ができたというか。

ばかしJD9Y0068

今頃知ってしまったwジャック・アタリ氏

今日も「知識」との新しい出会いがありました(笑)。ジャック・アタリ氏。なんということでしょう、実は何者か存じ上げておらず。わたし、本当に無知の世界にいました(います)。

同氏の言説を拝見し、心から感銘を受けまして。高名な経済学者なんですね。この新型コロナウイルス渦のもと、わたしたち人類が未来をどう描くかについて、とても共感できるお考えでありました。

ジャック・アタリ氏のブログ
http://www.attali.com/en/

時代は利他主義

「利他主義=合理的利己主義」のくだりを拝見していて、「あ、同じだ!」と思いました。恐れ多くも(笑)

これだけの博識の方のデータや経験に基づいた末の哲学ですから、わたしがこの地方都市で自然に囲まれ、普通に生き、普通に暮らして、そして自力で思考してきたことと、(古典的なものであるとしても)一致していたことに、ただただ驚きました。

そう、わたしも時代は「利他」をもっと強く意識するのが良いと考えている派です。だって、こんなに豊かなになったのですから、この豊かさは多くの人や動物、生きとし生けるものたちと享受しなければ。もともとこの場所にあったものですし、なんとなく物理的にもそれが正しいような・・・それこそ直感なんですけどね。

そして、それは究極の利己だとも。利他は利己なんですよね、考えれば考えるほど。

(ちなみに少し前のわたしは「コワーキングスペース」を発明したのは自分だと思っていたぐらい極度の情弱だったので、このような驚きは最近、何度もあります。「それ、もうあるよ」って言われます(笑)。)

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無意識に何かしらから学ぶ自分たち

とはいえ、そんな自分も早い時期からインターネットには結構触れていましたし、前の会社でお世話になった社長は1日2冊の本を読む方でしたから、その側にいさせていただいた7年間で、きっと私も無意識に学んでいたのだと思います。

思えば、今や自分の座右の銘と言っても良いような言葉「ギブ アンド ギブ」も、その本質は怪しいけれど(社長の言葉の意味が、今の私の考えと一致しているかは分からないという意味)、少なくとも前の会社の社長が仰っていたワードでした、今思えば!

もちろん、その時はその意味などわかっちゃいなかったというか、わかったつもりでいました。それから独立し、この会社をつくって必死に考えて、自分の内側から生み出したのが「give&give」です(意味なく英語にしてみました笑)。つまり、この言葉の出発点はどこかでいつしか何かに触れたことからだったのだと思います。

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思考が人に伝播するというのは

何を言いたいかと言いますと、やはりジャック・アタリ氏の思考も、人が「自分のもの」とするまでには少し時間がかかるというか、その思考に触れる人のタイミングが重要なんだろうな、と思うのです。アタリ氏は高名な経済学者で、支持されている方も多いと聞きますが、一方で「楽観主義者」と批判めいた言葉も投げかけられているようですね。

「利他主義」はまさにそういった批判を集めやすい思考だと思います。そして、ちょっと牧歌的にも聞こえる。であるからこそ「利他主義は合理的利己主義である」とあえて説明されているのでしょう(か)。

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今なら利他が伝わるか?

そういう意味で、このコロナ禍は多くの人に「この思考に触れるべきタイミング」を与えているように思います。今なら多くの人に、それを楽観的と批判する方々にも、「利他」が伝わるかも知れないのです。

また、今度は発信者側の視点ですが、聞く耳のない人を前に無意味だと思っても、やはり思考をアウトプットし続ける必要があるんだなぁと思いました。

前の社長が馬の耳に念仏な私にとくとくと語りかけ、時々「これ読んでおけ」と本を貸してくださったのが、今になって効いているということが何よりの証拠です。(となると、わたしの妻が愛犬に毎日語りかけ「いつか話し出す」と言っていたのも、意味があるのでしょう。)

わたしとしては無知をさらけ出していて、本当に恥ずかしい話でしたが、これからの経済が「利他主義」にあることを示唆するジャック・アタリ氏の考え。皆さんはどのようにお感じになりますか?

わたしたち「週休いつか」は思考する前に直感で実践してしまう分、この8年の歳月を経て、この「利他主義」については違和感がなく聞けています。むしろ、確信に変わった今日でした。

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