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次年子に押し寄せる人、過ぎた人気と七兵衛のそば

山形北部の山奥に「次年子」という地域がある。
「ジネンゴ」と読む山村で雪深い場所。
雪が積もってから生まれた子供は、山下の町にある役場に出生届を出すのが雪解けを待ってからになる。だから「次の年の子供」になっちゃうから次年子という地名になったというような場所。

蕎麦が名産でそば屋が多い。
中でも「七兵衛そば」という店がおいしいというのでボクも何度か来たことがある。ところがそこが最近、TV番組のケンミンショーで取り上げられてそれからずっと大繁盛。
平日、しかも雨というのに大混雑で駐車場の車のナンバーも那須に横浜、袖ヶ浦。ビックリしちゃう。

お店はかつてここにお店の人たちが住んでいたという民家造りで、畳の上にドーンッドーンッと大きな座卓が置かれてる。
昔は囲炉裏があっておそらく煙で建物全体が燻され続けていたのでしょう…、柱や梁はチョコレート色に染まってる。
こういう建物。そして空間。なんだか落ち着く。おばぁちゃんが住んでた家もこんな雰囲気だったよなぁ…、って気持ちがホッとしたりする。

座ると次々、蕎麦のあてがくる。
日によって料理の種類は微妙に変わって、けれど料理の種類は3種類。必ず茹でたきくらげがやってくるのがここの定番。今日はわらびと漬物がついてひと揃え。

メニューは一種類、冷たい蕎麦だけ。
入り口前のおそらく昔は台所前の配膳室として使われていたようば場所に、大きな作業台。
そば粉が練られ原体になり、麺棒ひとつでそれを伸ばして包丁で切る。
その裏側の厨房には大きな鍋。グラグラ煮立った鍋の中に、ひとつかみ、ふたつかみと蕎麦を手振って落として茹でる。

かつて配膳用のカウンターであったであろうところにお茶のサーバーがあり、お茶やお水はセルフサービス。
それでいいんだ。だってお店の人たちは蕎麦を作るのに一生懸命なんだから…、と不思議なコトに許せてしまうムードがよかった。
仕事も丁寧でのんびりとしたムードがあって、忙しいときに来たりするとちょっと待たされたりするのだけれど、こんな田舎まで来たんだから、田舎のリズムで食事をするのがまた良かったりしたものでした。
ところが、そのリズムがちょっとスピーディーでテキパキしたものに変わっていました。
ケンミンショー効果の忙しさに鍛えられたのでしょうネ…、手際がよくなり、お店の人はお店の前に行列する人をいかに効率よく収納するかに一生懸命。
かつてののどかなムードがほんのちょっとだけギスギスしたものになってた。ちょっと残念。しょうがない。

ちょっと太めで色黒の麺です。
角がたっていてみずみずしい。
冬、たくさん降った雪がとけて水になり、それがこうしておいしい蕎麦を作り出していると思うとまさに自然の恵み。
しかもこれがおかわり自由、食べ放題。
一年前の冬にきたときは一人前1080円だった。今はちょっと値段があがって1200円。
それでもほどよき値段でお腹いっぱいになるまで食べることが出来るというのがココの人気の一つ。だから最初のお椀を置くと同時に、お替わりはどうしますか?と聞いてくる。
せっかくココまで来たんだから、お腹いっぱいになって帰って…、ってサービス精神。ありがたい。
しかも食べ放題というコトだけが特徴じゃなく、蕎麦がおいしい。おいしいモノを食べ放題というのが本当の人気の秘密なんでしょう。

大根の絞り汁にタレを好みで注いでそれをつけ汁にする。その絞り汁が辛くてタレは旨みと甘みが強いもの。ネギもたっぷり用意されてて、そのネギがまた辛い。辛いのだけど、タレの旨みと甘みとあいまって食べるうちにどんどんおいしくなっていく。
蕎麦の香りは力強くて歯ごたえ抜群。喉にスルンとすべりこむさまも上等であっという間に最初のお椀をぺろりと食べる。腹ペコでこれを食べたらどれだけお替わり出来ただろう…、って思いながらお替わりひとつ。
蕎麦湯を注いだタレの豊かな風味にウットリ。削り節の旨みと酸味、昆布の甘みが口の中に広がっていく。ここまでワザワザやってくるだけの価値を感じてニッコリします。

ワザワザ来なくちゃいけない場所です。だから次はいつこられるかなぁ…。そのときはかつてののんびりした空気が戻っているのかなぁ…。値段は一体どうなってるか…、とあれこれかつては考えなくてよかったことを思ってしまう。
変わらずずっとやってきた。
これからも変わらずずっとやっていきたかったのに、変わらなくちゃいけなくなっちゃう。過ぎた人気はなやましい。

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