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6月はプライド月間なんです…。

「プライド月間」がはじまります。

プライド月間とは、毎年6月に世界各地でLGBTQ+の権利を啓発するための活動が行われる期間のことである。 LGBTQ+とは、「L:レズビアン」「G:ゲイ」「B:バイセクシュアル」「T:トランスジェンダー」「Q:クエスチョニング」「+:プラスアルファ」のことを指す。

wikipediaより

世界各国でゲイパレードやさまざまなイベントが行われる時期。
日本は梅雨時ということもあり、ゴールデンウィーク前後にレインボーパレードが行われる。
そのとき熱狂した人たちも、今月一ヶ月がプライド月間だとはあまり知らない。
昔からずっとゲイというのもに対して寛容というか無関心と言うか、あるいは見て見ぬふりができた国民性の日本では「ゲイプライド」ということ自体があまり真剣に語られることがなかったからしょうがないのかもしれません。

アメリカにおいてはプライド月間を、LGBTの人たちの購買力を期待して商機とみる企業もあれば、それを良しとしない人たちもいて社会的な緊張がそこここで生まれる一ヶ月でもあるようです。

とはいえ…。

プライド月間を記念して、多様であることの応援歌として歌い続けられているシンディー・ローパーの「True Colors」の動画を貼っておきましょう。

私はあなたの本当のカラーが好きなんだから恥ずかしがらないで…。
いい歌詞です。
ライブでは「don’t be afraid to let them show」ってところで、みんなうなずきながら泣いちゃいます。
同性愛が単に「変なこと」でなく「神の意志に背く罪」であると教え込まれた人にとってはなおさらのこと。
自分のあるがままの姿を知って、それでもいいよと言ってくれる人がいてくれるってしあわせなこと。
昔はそうではなかったのです。


なぜ6月がプライド月間になったのでしょう

1969年6月28日。
ニューヨークのゲイバー「ストーンウォールイン」に警官が踏み込んだことをきっかけに、自分たちの権利を守ろうというゲイと警官の間で騒乱が起こった。

「ストーンウォールの反乱」と呼ばれる歴史的な出来事を忘れぬようにというのが理由。

3日間続いた暴動はのちの「ゲイ解放運動」の盛り上がりのきっかけになったのです。

LGBTにも多数派、少数派があるという複雑

ただ、騒乱が起こった本当のきっかけはというとなかなかに複雑な物語があったんですね。

1960年の後半といえば、すでにゲイムーブメントが勢いを増していた時期。
社会や産業はサービス化を深めていきます。
農業や製造業が産業の中心だった時代には「再生産を伴わないゲイという生き方」は邪魔者だった。
ところが社会が高度化していくと、芸術や芸能に代表されるクリエイティブな才能が必要とされるようになる。

ゲイの得意分野です。
ゲイの仕事や才能が注目されるにしたがって、ゲイは自信をつけていく。
初期のゲイの権利運動は「弱者の戦い」ではなく「強者の主張」だったのです。
主張したのは「白人のゲイ」。
けれどLGBTには「白人のゲイ」以外の人たちが当然ながら多くいる。
彼らは「マイノリティの中のマイノリティ」。
白人ゲイの行動や主張はLGBTの手柄をひとりじめしているように思えて、不満が溜まっていたという。

ストーンウォールの反乱のきっかけになった罵声を発したのは、実は有色人種のレズビアンだった。
「お前らなんとかしろよ」という一言が歴史を変えたのだけど、もしかしたらそれは警察官だけでなく、白人のゲイに対する罵声だったのかもしれないなぁ…、と思ったりもする。
複雑です。

LGBTはほぼ申告性というむつかしさ

LGBTのむつかしいところが、ほとんどの場合「自分だけが事実を知っている」というところ。

最近、競技スポーツの世界で心は女性だからといいはる男性の扱いがセンシティブになっている。
LGBTってある意味「申告性の事象」であって、それを客観的に証明する手立てはほとんどないのです。
例えばLGBTがマイノリティだからといって優遇政策をとればそれを悪用する人もいるでしょう。
カミングアウトしていない人、あるいはしたくない人は自分がLGBTだとは誰も気づいていないと思い込むことで、その問題から目を背けることができもする。
ゲイフォビア(極度のゲイ嫌い)のほとんどは内面にあるゲイ的嗜好の裏返し…、なんて言う人もいる。

人種差別問題のように、申告せずともみればわかる差別とは根本的に違うんですネ。
だからLGBTの権利拡大に対する運動を迷惑だと思う当事者もかなりいる。
それはそれでしょうがないかと思いつつ、けれどなにか問題が起こると「自分たちはマイノリティだったんだ」と気づいて哀しい思いをしちゃう。

社会を変えるよりわかってくれる人を作ろう

大切なのことは社会を動かす前に、自分を理解してくれる人をひとりでも多くもつことじゃないかと思うのです。
なにかのときの支えがあってくれる生き方、ない生き方はまるで違ったものだろうから…。
ボクがタナカくんというパートナーを亡くしたとき、哀しい思いもしたけれどあるがままを受け入れて力になってくれた人たちがいてくれた。
そして何よりパートナーのご遺族と今でも親交が続いているということが心の支えになってくれてる。

自分の支えは誰だろう…、と思うプライド月間というのも悪くないなぁと思います。

最後に、フィル・コリンズがカバーしたトゥルーカラーズ。
ライブバージョンを貼っておきましょう。
しみます、泣けます、名曲です。

今日の投稿は全体公開といたしました。ひとりでも多くの人が多様であることに寛容でありますように…。

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