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【第三十話】目線、視線も振りのうち|しがない勤め人、国立文楽劇場で藤娘を舞う

そんなに上、向かんでもいいですよ。
ほんのちょーっと、でいいんです。

(おっしょはん、お手本をしてくださる)

ほら、これだけでちゃんと上、向いてるように見えてるでしょ?
今のままだと、えらい上のほう見てるなー、って思われますよ。
見たまんま、わたしとおんなじようにしてくださいね〜

お稽古の二回にいっぺんは言われている気がする。
つまり、直る気配がない。

舞台に上がったら客席後方、緑色の非常口マークのところを見るといい、
と小耳に挟んだのだが、あれだとちょっと上すぎるのかな?

一度ついたクセはなかなか直らない・・・


そんなに横、見てませんよ〜
視線をちょーっとはずすだけですよ。
ここ、までですよー

おっしょはん、人差し指を立ててここ、を示してくださる。

むーん、肩幅よりちょっと狭いくらいかな?
顔の幅くらいかも。

広い舞台に出るんだ、って思うと動きが大きくなりすぎるのかな?
基準は自分のカラダなのかな・・・


目線も振りつけですからね、全部決まっているんですよ。
違うことせんといてくださいねー

せんせー、おんなじようにやってるつもりなんですよー。
でも結果が違ったらダメですよね、はい・・・

うーん。

メガネがあかん気がしてきた。

(えっ?)

メガネはやっぱりフチがあるからな。
チラチラと見える縁が、視線の邪魔になってうまいこといかんのやきっと。

メガネ、とんだ濡れぎぬ。

これはあれだ。
模試や学校の成績がイマイチな学生さんが
今使ってる参考書が悪い
などと言っているようなもんだな。
身に覚えがありますね、はい。

なにより舞台本番ではメガネを外さなければならない。

初舞台、裸眼で挑んだらまあこれがあかんかった。

初めての劇場の楽屋。

お手洗いはどこですかー?<トイレマークが見えない
私の楽屋はどこですかー?<楽屋入口に貼ってある名前一覧が見えない
今ご挨拶してくれたあなたは誰ですかー?<お顔のパーツが全く見えない

化粧、かづら、衣装とこしらえが完成し、
「わー、かわいい!」「きれいやでー」「ええやんええやん〜」
とおっしょはんや、お手伝いに来てくれた社中の姉弟子さんたちが
人生これまでかつてないくらいホメてくださったのだが、
鏡にうつる自分の姿はぼんやりとして何がどうかわいいのか全くわからない。

たえちゃん、初舞台のとき、ずーっと怒った顔してたなぁ。

とおっしょはんは4、5年経った今でも、ことあるごとにおっしゃるのだが、
今思うにあれは、ぼんやりとして使えない視覚情報しかインプットが来ないことに困惑していたのである。

(これまでの人生で見た目をほめられたことがなかったので、どう反応していいのかわからなかったというのもある)

まあでも、客席見えないほうがいいんじゃない。緊張しなくて。

と、よくわからないポジティブさを発揮したところ、

わー!?舞台の真ん中がわからないー!(悲鳴)


舞台の床には
ここが真ん中ですよー
というTの字の印(バミリと呼ぶ。場見るからかな?)がついているのだが
これがまーーーーったく見えない。

まあとにかく初舞台では裸眼で散々な目にあったので、
2回目(前回)は使い捨てコンタクトレンズを導入した。

コンタクトレンズの使用は初めてではない。

あれはまだ汚れを知らぬ、地方都市在住の高校生だった頃・・・
えーっ?!もう30ウン年も前になるのー?!

(過ぎ去った日々は取り返せないので話を進めよう)

ルックスでの勝負は10代になる前にとっくにあきらめていたのだが、
(だからと言ってオベンキョウも高校入学3日目で挫折し、いいところの全くない暗黒の高校時代であった)
何をどうしたのか突如、ハードコンタクトレンズを使うことにしたのだった。
(ちなみにメガネ歴は当時すでに10年近かった)

私のことだからきっと、

成績がイマイチなのはメガネがよくないんだ、

とかいう謎理論を展開したのだろう。

当時は高価なものだったに違いない。
(おかーさんありがとう)

意気揚々?と使い始めたものの、

め、めんどくさい・・・

当時のコンタクトレンズには使い捨てという概念はなく、
毎晩外して、洗って、保管液に浸け、翌朝また装着しなければならなかった。

そして何より大問題なのが、すんなり外せない。
ひーっ?! と、取れないーっ!
取ろうとすればするほどむしろ白目に食い込んでしまうーっ!
こわいーこわいよう〜

うわーん、うわーん、と毎晩格闘するが、
コンタクトレンズ外しはちっともうまくならない。
これはあれだ、私の目が小さいからだ<思考のクセも相変わらず

というわけで、ほどなくして使用をやめてしまった。

うちの衆は、はあ、なにしても続かんくていかん・・・
(母親の口癖、いや事実をありのままに述べていたただけだな)


昔話はこのへんで切り上げて。
舞台のためならしかたがない、30年ぶりにコンタクトレンズに再挑戦。

本番一ヶ月ほど前のお稽古日、震える手で恐る恐る装着。

スーッ、ピタッ。

あ?お?なんかめっちゃつけやすいんちゃう?
すごい!テクノロジーの進化すごい!

その日のお稽古の成果は・・・
たぶんうまくいったのであろう。そういうことにしておいてください、はい。

帰宅後、さて外しますかという段になると、

あ?お?え・・・?

やっぱり外せないーっ!
もうこれ以上指で眼ぇ触るの無理ーっ!やだーっ!こわいこわい〜っ
はああ、はああ、もうダメだーっ!だれか外してーっ!!

永遠とも思える時間(実際には数分)の後、
おのれの恐怖心との闘いに辛勝、なんとか外し終えた私は這うように自室に戻るや否や畳の上にくず折れたのであった。

はああ、コンタクトレンズ外すのムリもうやだ・・・
お稽古行きたくない・・・<本末転倒

(続く)

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