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土の音を新しく聞け2"十七歳の地図"

 「なあ、なんでウンコって、おもしろいんだと思う?」
 「はあ?知らねえよ。ウンコはウンコだからおもしろいんだろうが。」
 「やっぱりお前はバカだな。いいか、世界はウンコとごちそうでできているんだよ。」
 「T、お前の言ってることはいつも訳が分からないな。もう少し分かりやすく説明してくれないか。」
 高校二年生、十七歳の夜、オレとTは部活終わりに合流して、2人でカラオケボックスに来ていた。2人でまず、一曲目に歌ったのが尾崎豊の"十七歳の地図"という曲。
 ー少しずつ色んな意味が分かりかけてるけど 決して授業で教わったことなんかじゃない 口うるさい大人達のルーズな生活にしばられても素敵な夢を忘れやしないよー
 「なあ、オレ達のさ、十七歳の地図をさ、描いてみないか。オレの十七歳の地図と、お前の十七歳の地図、二つ合わせたらどんなことができるか、考えてみるのもおもしろそうじゃねえか。」
 「T、お前にしては珍しく良い提案だな。ここはひとつ、それぞれの十七歳の地図を描いてみるか。」
 尾崎豊の"十七歳の地図"をオレとTは2人で17回歌った後、そんなことを話し合っていた。オレ達はどうしようもなく若かった。だがオレとTの間には決定的な違いがひとつだけあった。それは、オレは尾崎豊の歌をあくまで尾崎豊の歌として歌っていたのだが、Tは、尾崎豊の歌を、尾崎豊の歌としてではなく、自分の歌として歌っていた。その違いは、それぞれの描く十七歳の地図にも如実に表れた。
 ー電車の中押し合う人の背中にいくつものドラマを感じて 親の背中にひたむきさを感じてこの頃ふと涙こぼした 半分大人のSEVENTEEN'S MAPー
 「キノコはな、森の掃除屋って呼ばれているんだ。色々な生きものが暮らす森の中では、そいつらの死体やウンコも大量にあるはずだろ。でも、森がつねにすがすがしさを失わないのは、キノコをはじめとする多くの菌類が、地面の下でこっそりと死んだものを土に還して、あらたな命に生き返らせるっていうすげえはたらきをしてるからなんだ。菌類にとってそれは、自分が生きていくために食べてウンコをしているだけのことなんだけどな…。」
 「なんだよT、突然難しい話すんなよ。つまり何が言いたいんだよ。」
 「つまりだ。食って、寝て、起きる。ウンコをする。そしてそのウンコを土に還す。それだけで地球に貢献しているところがあるっていうことだよ。生きてるだけで良いんだ。ただし、ウンコは土に還すこと。それだけは絶対にやらなくちゃいけないことだ。」
 オレとTはカラオケボックスを出た。2時間で尾崎豊の十七歳の地図を十七回。おかげでカラオケボックスを出てからも、しばらく十七歳の地図が頭の中で鳴りやまずに、オレとTはしばらく会話らしい会話もせず、なんとなくメロディーを口ずさみながら歩いた。
 ー人並みの中をかき分け壁づたいに歩けば隅から隅はいつくばり強く生きなきゃと思うんだ ちっぽけなオレの心にから風が吹いてる 歩道橋の上振り返り焼け付くような夕陽が 今心の地図の上で起こる全ての出来事 照らすよ SEVENTEEN'S MAPー
 「動物、植物、菌類ってさまざまな生きものがおたがいに生かし合っている自然生態系の中でしか、オレたちは生きていけないんだ。そんで、すべての生きものの命のもとになるのが、それぞれにとってのごちそうさ。そんでそれは、ほかの生きものが出したウンコでもあるって訳だ。オレ達が暮らすこの地球は、「生命の星」ともいわれている。その生命の星、つまり世界は、ウンコとごちそうでできてるってわけだ。」
 「ふーん。まあ、オレにとっちゃそんなことはどうでも良いね。ウンコはトイレでするもんだし、世界はテストと宿題でできてるんだよ。やべえな、どっちも全然進んでねえや。」
 「深呼吸深呼吸。時には立ち止まって、ゆっくりウンコするのを楽しんでみろよ。滞ってる色々なことが、進みはじめるかもしれないぜ?」
 オレとTは歩いた。言葉少なく、いつまでも頭の中で鳴り止むことのない、"十七歳の地図"のメロディーにそっと口びるを重ねながら。
 ー今心の地図の上で起こる全ての出来事を 照らすよ SEVENTEEN'S MAPー

 2024年1月19日

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