【富山県】 金太郎温泉(一) 海の幸ゆたかな昆布攻撃
五色の巨石が積み重なる岩風呂は圧巻で、そのインパクトある風情が忘れられず、
「日帰りとはいわず、いつかここに宿泊してみよう……海の幸とか美味しそうだし」
前に寄り道で訪れた時には誓ったものだが、ついにその日がやってきたよ〔金太郎温泉〕。
手打ちうどん〔アラキ〕でたらふく濃厚うどんを摂取した後には、そびえたつ山脈を遠望しながら国道8号線を東へひたはしる。
立山連峰といって、つい最近、田村由美の〔ミステリと言う勿れ〕の最新刊で、その見事な景色を見開きページで見たばかりだったので、実物の迫力あるたたずまいはとても感動的だった。
予定より少し遅れて、チェックイン。
温泉は、日帰り客も宿泊客も利用できる〔カルナの館〕と、宿泊客のみの〔壁画大浴殿〕の2種類。
まずは、数年前に訪れて感銘をうけた〔カルナの館〕にある、〔立山連峰パノラマ大浴殿〕だ。
前に入浴した時には気づきもしなかったが、あらためて湯殿の名前をみるに、
「あーね。立山連峰の姿を模した大浴場だったんだ」
ここへ来るまでにずっと遠望しつづけていた、あの大山脈を想起した。
岩は、比喩でも何でもなく5色に彩られていて、青、赤、黄、白、黒と色鮮やかに積み重なり、中にはまるで小さなステージのように平たい巨石もある。
(あそこに登って、ダンスとかやったら楽しいだろうなあ)
やらないけど。大人なので。
しかも、そんなことすれば隣の男湯から丸見えになるのは必定。
ましてや、TikTokにそんな動画を投稿でもした日には、大炎上まちがいなしだし。(今は見る専で、自分の動画なんて初期の頃にちょっぴり上げただけだけど)
泉質は、基本的にはナトリウム泉で、硫黄のにおいもほんのりと、カルシウム化合物も含むらしい。
湯が湧き出るあたりには、灰褐色の付着物がこびりついている。
その湯をちょっぴり舐めてみると、
「にがしょっぱ!」
思う存分、壮大な岩の積み重なりっぷりを堪能した後は、露天の方でまた湯を堪能することにした。
◯
数年前に来た時は、本館との境目にある二階の廊下あたりに、変な鏡があったのに、それがなくなっている。
縦長の、鏡面がうねっている鏡で、その前に立つと背が縮んだり、立ち位置によっては妙にのびたりしたが。
「なんか、改装したばかりとかいうし、その時に撤去されたんかな」
いずれにしても、残念。
もう少し早めに訪れたら、とても古くて風情のある雰囲気を楽しめたのかもしれない。
ネットでも『前は、幽霊でも出そうなくらい古かった』という感想を見かけたし。
◯
さあ、夕食だ。
日本海にほど近い温泉宿だからこそ、期待すべきものがある!
でも……正直なところ、ホタルイカはそんなに好きじゃない。
回転寿司で食べても『ずいぶん水っぽいばかりのネタだなあ』という感想で、一度たべたらそれでいいか、と思ったものだし。
あるいは、本場で食べると、味わいが違ってくるのだろうか。
前菜は、やっぱり土地(ところ)のものを中心とした品揃え。
やっぱりこうであってほしいよね、その土地へ来た気分を味わうには。
エゴマが名物らしく、売店でもエゴマ油を販売していた。
鱒寿司を桜の葉っぱで包んだものも、やっぱり名物。
こうした名物を並べた前菜で、その後にやってくるメインディッシュへの期待を高めてゆく。
第一のメインは、ホタルイカのしゃぶしゃぶ。
かつてわたしが『水っぽい……』と感じた、そんなに好きとはいえない食材だ。
たのむ、その先入観を、どうか打ち破ってくれ……!
竹の半身に可愛くならんでいるホタルイカは、その下の竹の中に仕込んであるエノキダケやネギ等とともに、しゃぶしゃぶする。
さっと湯にくぐらせて、酢味噌へ投下。
噛んだ瞬間、ぷりっとふくらんだ胴体が、ぷちっとはじけて、中の旨味が口中へ拡がる。
嗚呼……これだ。
これこそが、わたしを裏切ってくれる旨味なんだ。
それはつまり、ホタルイカの内臓とともに食するわけだが、こうすることで、本来味わうべき旨味のすべてを、あますところなく堪能できる。
しゃぶしゃぶであるところも、ポイントが高いと思う。
煮込みすぎず、さっと茹でることで、身が固くなりすぎないから。
本場は、土地の食材の味わい方を知悉しているのだ。
刺身は、まるで魚の筋肉を味わうかのような、鮮烈で強い弾力のブリ。
わたしがこれまで経験してきた中で、これに匹敵する刺身は、千葉の銚子方面の、旭市飯岡町くらいなもの。
一方、厚めに包丁を入れたマグロは、弾力よりむしろ、なめらかに歯がとおる柔らかさ。これも、飯岡町で食べたお刺身に匹敵する。
太平洋VS日本海のお刺身が、わたしの中でトップ争いをしている。
蛤の茶碗蒸しには、布海苔が浮いていて風味を引き立たせている。
上品さの極地は、白海老彩々と名付けられた逸品。
ガラスの椀の底に、昆布だしのジュレらしきものを敷き詰め、その上に、刺身、揚げ物、それから模様のある何かにつつまれた刺身。
もちろん包まれているのは白海老だが、この衣は一体……と思ってよく観察すると、どうやら昆布を薄くはいだものらしい。
つまり、昆布でシメた刺身だ。
一口で、ぽぽいと頬張るなんて、もったいない。
ちょっぴりずつ箸でつまみ、じっくりと口中で味わう。
もう一つ、昆布づくしのメインディッシュがあった。
国産牛の松前焼きという一品で、牛肉を昆布で包んで焼くのだ。
ここまで昆布だらけの品揃えに出会う機会など、そうあるものではない。
焼き上がりに、昆布の風味がふわりと移り、噛むたびに鼻腔へ豊かな香りが満ちる。
ご飯が、とても進んだ。
◯
期待通り、海の幸で満腹になり、充分に満足したはずだったが……。
翌朝、その満足感を劇的にふっとばすインパクトに遭遇することになる。
そう、朝食だ。
それは『朝食』の二文字だけで済ませるには、あまりにも次元が違いすぎた……。
つづく
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