【上田】別所温泉・上松や(四)仕事と休暇を同時にこなす
信州・長野県の上田市へは、学生の頃からよく行った。
当時はバイクに乗っていたし、移動も身軽だったのも大きい。
誰もが「似合わない……」と褒めてくれやがった、アメリカンタイプのバイクだけど。
わたしが「バイクに乗ってる」というと、大体はスクーターと思われる。さもなくばママチャリ。
なぜか、ぼんやりしたキャラに見られがちで、以前は憤慨していたが、もう諦めた。
そのアメリカンタイプのバイク、ある日唐突に盗まれてしまい、それ以来、周囲のご期待イメージどおり、ママチャリに乗るしかなくなったけどさ。
さて。これまで、上田へは恐らく20回は確実に行っている。
ひどい時になると、数ヶ月連続、毎月出向いたこともあった。その時は、歴史に埋もれた郷土の偉人・赤松小三郎に関する研究の講義を受けるために、通い詰めたのだった。
上田市街を歩いていると、とても気分がよくなる。
例えばの話、上田市街で道路を渡ろうとすると、走っていた車が止まってくれ、運転者が笑顔で、どうぞ渡ってといった風に、手を振って促してくれる。人の心に余裕があるのだな、と思う。
そうして、行った回数を憶えるのも諦めるほどのリピーターとなった上田、日帰りの時もあれば、宿泊の時もある。
宿泊なら、間違いなく〔上松や〕なのだ。
ある日の思いつきで、朝に電話で予約をし、昼過ぎに出て、15時には到着する。
仕事が行き詰まっている時、衝動的に電話予約したのだ。
その頃、社員ほぼみんながリモートワークの会社にいて、どこで仕事しようと自由だったものだけど、その代わり、温泉へ行こうが旅へ出ようが、どこでも仕事がついてまわり、この時も客室に通されるや否や、ノートパソコンを広げ、鬼の形相で仕事を始めた。
仕事さえすれば、勤務時間を問わない会社だったので。(これがまた実は罠で、むしろ勤務時間が決まってる会社より長時間、働くはめになった気がする)
今は別の会社で、律儀に決まった時間に通勤するという生活だけど、あの頃は休日も平日もへったくれもなく、いつでもどこでも仕事がつきまとった。
まあ、なので、仕事と休暇を同時にこなしていた、と言えなくもない。
「温泉宿で仕事って、一体どこの文豪だよ!」なんて家族にからかわれながら、とにかくノートパソコンへ立ち向かう。
これを終えなければ、温泉にも入れなければ、夕食を楽しむことも出来ない!
わたしは必死!
アイデアやモチベーションは、場所を変えると魔法のように湧き上がるようで、自宅であれほど進まなかった仕事が、上松やの客室では、するすると進んでくれた。
文豪が温泉宿で仕事をするのは、やはり意味があるんだな、と思った。
これでじゃんじゃん仕事が進むのなら、他の会社もじゃんじゃんやった方がいいじゃないか。経費にできるかどうかは別として。
魔神のような効率を発揮し、三時間後にはすっかり仕事を仕上げたわたしは、上松やの美事な夕食にありつけた。
この上ないご褒美だよね。
何しろ、予定の二日前に仕上げることができたのだから。
ずっと自宅にこもっていたら、本当に遅々として進まないまま、締め切りを迎えたかもしれない。
文豪スタイル、ばんざい。
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