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【中国】雲南へのゆっくり旅行と列車の女帝

 どうせなら、ゆっくり走る列車で旅をしたい
 数日前に成都を経って、じっくり南下し、高くて綺麗で速い列車は避けて、なるべく安くて遅いのを選んで乗り継ぐ。
 目的地は、雲南省の大理。
「中国をバックパッカーでめぐるなら、絶対に行っとけ。あそこは、パラダイスだ」
 旅の途中で知り合った欧米人に、そんなアドバイスをもらったもので。

 そんな、パラダイスと名高い大理へと向かう道中は、どうせなら急がずに安くて遅い列車で向かおうと考えた。
 四川省の成都を発って、まずは普雄という辺鄙な土地へ。

 翌朝は、さらに普雄から乗り継ぎ、次の中継地点は攀枝花(ぱんじーほぁ)という、四川省のほぼ南端の町。
 一番安くて遅い列車を選んで乗ってみたら、座席は、ほぼすかすかだった。
 いつも人口密度が極端な列車ばかりだったから、なんとも新鮮。

 気分よく、山に囲まれた雄大な景色を堪能する。
 いろんな色の川がある。
 褐色の川、赤茶の川、ほぼ黒に近い川。
 土壌の質によって、川の色は決まるものだけど、日本ではお目にかかれない景色で、地球はじつに広いもんだと実感する。

路線にそって流れる、紅い安寧河(百度百貨から拝借)

 やがて、20代くらいの女性の車掌さんが、切符のチェックにやって来た。
 切符には問題なかったけれど、何やら目をまん丸にしている。
 一度は、そのまま立ち去ったけれど、ほどなくして引き返して来て、
「こっちこっち、おいでおいで!」
 手招きをされてしまった。
 わたし、いったい何のトラブルに巻き込まれたの?

 連行された場所は、細いロープを張り巡らせて区切ってある区画だった。
 他にも女性ばかり、車掌さんたちが何人か固まって、おしゃべりに興じている。
「ささ、ここに座ってて」
 言われるがままに、新たな座席へ。
「あなた、日本の学生でしょ。なんでこんな列車に?」
 特に名乗った覚えはないけれど、日本人で学生であることは、どうやら一目瞭然だったらしい。
「大理を目指してるんです」
「他にももっと高速で綺麗な列車があったでしょ」
「こういう安くてゆっくりな列車旅をしたいんです」
 意味がわからない、という妙な表情をされてしまった。
 情緒にあふれた、よき列車旅だとおもうんだけどな……。

 どうやら車掌さんらの間では、
「なぜか、日本人の女子学生がいる! 変なトラブルに巻き込まれたら大変だ!」
 ということで、自分達の目が届く場所で保護しよう、という話になっていたらしい。

 やがて、列車長と呼ばれている、中年の女性がやってきた。
 貫禄たっぷり。
 髪型は、まるでトルネードのように天へ向かって巻き上がっている。
 唐の時代、女帝として政治をとりしきり、あぶらが乗っていた時期の武則天は、こういう威厳があったんじゃないだろうか、と思わせる風貌だ。
 実際、列車長と言えば、その列車の〔皇帝〕とされる。
 どうやら、わたしをここで保護することに決定したのは、この列車長らしい。
 その後、彼女は姿を消したが、依然として女性ばかりの車掌さんたちに見守られ、時に食べ物をご馳走になり、それでいて過分に干渉しようとはしない。
 ただ、時おり素敵な笑顔で「安心してね」とでも言いたげにうなずいてくれるばかり。

 夕刻。
 目的地はもうすぐ。
 痩せた男性の車掌さんがあらわれ、何やらまくしたてながら、メモを渡してくれた。
「ここへ宿泊しろ。翌朝にバスが出るから、それに乗れ。大理に行ける」
 どういうこと? と訊いてみると、
「俺は列車長の命令にしたがっただけだ。俺たちは、あんたらを攀枝花のホテルまで無事に送り届ける義務がある
 不安になるくらい、とても至れり尽くせりなんだけど……。

 19時。
 終点の攀枝花へ到着。
「来い、こっちだ!」
 痩せた中年男性の車掌さんに手招きされ、言われるがままに駅舎を出る。
 前方に、あの特徴的なトルネード頭が見えた。
 列車長だ。
 深く頭を下げて、何度も何度もお礼を言うと、列車長は無言のまま「当然のことをしたまでだ」とばかり、ゆっくり頷くだけだった。

攀枝花(ぱんじーほぁ)駅(百度百貨から拝借)

 連れて行かれた宿は、どうも鉄道員が利用する宿舎だったらしい。
 わたしのような一般の旅行客でも、つてがあれば利用させてもらえるようだ。
 料金も、相場の半額以下だった。

攀枝花駅の外観(百度百貨から拝借)

 翌朝。
 予告通り、宿舎のまん前にバスが停まっていて、それが大理行きだった。
 最後まで、見も知らぬ日本の学生のために、面倒を見てくれていたのだ。
 こんなかっこいい人情、絶対に忘れられないよね。

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