【神田】冬の温かいコラーゲン あんこう鍋いせ源 その1
冬になると鍋が美味しい。
だいたい誰が作っても、それなりに必ず美味しくなるのが鍋の素晴らしさで、これをあえて不味く作れる人がいたら、それはある種の才能かもしれない。
ちな、うちでは鳥なべが基本で、鶏皮をほそく切ったものを入れると、鳥の旨味がすごく溶け出て、超絶美味になるし、鶏皮のぶよぶよっぷりが苦手な人がいても、細切りなのでそんなに気にならない。
実家では、海が近いこともあって魚介類が豊富な、今にしておもえば贅沢な鍋だった。
ただし、魚介の出汁だけで食べる、とても淡白な鍋だったので、子供のころはちっとも美味しいと思わなかったけど。
この贅沢な味が理解できるようになったのは、高校生の後半くらいからだった気がする。
鍋の種類は家によってさまざまだけど、おしなべて、不味くなりようがないのが鍋だと思う。
ただ、しかるべきお店で食べる鍋はやっぱり、プロの味だけに、家ではそうなかなか作れない。
家では再現不能だからこそ、わざわざ高いお金を出してでも行きたいわけだし。
◯
あんこう鍋などは、もう冬の美味。
神田にある老舗〔いせ源〕は、なんやかやで5000円くらいかかるので、そうそう頻繁にはいけないけれど、大学時代から年にいっぺんは行っていたっけ。
おしゃれにはお金をケチるけれど、食べ物と読書にはお金を惜しまない。
冬の寒気に白い息をはふはふと吐いて、歩く足もいそいそと、最寄りの淡路町駅から一目散に目指すのだ。
彼氏(当時)と一緒に暖簾をくぐった時は、久しぶりだったということで、
(あー、どういうシステムだったっけ?)
……と逡巡していると、お店の人が、はっとした顔で、
『Well... please put your shoes off here. And...』
ここで靴を脱いでくれ、と英語で説明されちまった。
話は少し変わるけれど、わたしはどうも南方系の顔立ちで、東南アジアの人に見られることが、たまーにある。
中国を放浪していた時なんかも、多くの場合、
『お前、広東人だろ』『香港人か?』『シンガポール人だろ』
なんて、南の方面のオンパレードだった。
なので〔いせ源〕のお店の人が、はっとした顔で英語に切り替えたのだろう。
彼氏、苦笑して、
「うちら、こう見えて日本人です」
「あらら、これはどうも失礼をいたしまして」
あわてる店員さん。
面白いので、ついわたしも吹き出してしまった。
◯
……なんて出来事も憶い出しつつ、先日、久しぶりに〔いせ源〕の暖簾をくぐってみた。
この辺は戦争の空襲を奇跡的にまぬがれた地域で、古い建物が残っている。
まさしく〔いせ源〕がそうだし、向かいの甘味処〔竹むら〕も多分そう。すぐ近くの蕎麦屋さん〔まつや〕も〔神田やぶ〕もそうだし、鳥なべの〔ぼたん〕も多分それ。
古くて、風情がある。
入り口で、
「一人です。予約なしです」
と、よどみなく告げるや、入り口で靴を脱ぐ。
お店の人がそれを下足箱へ入れて、代わりに札を渡してくれる。
「お二階へどうぞ」
という言葉にしたがって、年季の入った木造の、しかし綺麗に磨き清められた急な階段をのぼる。
手すりは、木の枝をそのままの形で塗り固めた、野趣がただよう代物だ。
座敷にすわって、即座に、
「あんこう鍋を一人前で、あと、おじやもつけてください」
周囲を見渡すと、たいていが二人組で、ぼっち参戦はわたしだけ。
でも大丈夫。
鍋は、複数人でつつくのが美味しいながらも、一人鍋もまた、風情ありの楽しさなので。
やがて、褐色に透き通った出汁に、あんこうの各種部位がはいった鍋が運ばれて、コンロに火をつけてもらう。
豆腐、ぎんなん、絹さや、豆苗など各種野菜類もある中で、
「この白いウドに、割り下の色がついたら、食べ頃です」
説明を受けた後は、うきうきしながら、じっと沸騰を待つ。
『あんこう鍋・いせ源 その2』へつづく。
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