【那須】 北温泉再び(三)猫の接待
とり鍋の余韻にひたり、満ち足りた気分でCさんと二人、〔芽の湯〕へ向かう。
階段をぐるぐる螺旋状にのぼった先にある女湯だ。
ここでなら、シャンプーもできる。
ただし、シャワーはない。ただ長大な湯桶に、たっぷり溜まった洗い湯があるのみ。
年配女性が先客として、静かに湯へつかっていた。
「今はもう夜だから景色は見えないけど、朝にまた来ると、高い場所だけに眺めがいいし、夏場なら緑が鮮やかだよ」
「いいね、明日の朝、起きたらまた来ようよ」
なんてCさんとお喋りしながら、話題はやがて移ろってゆき、
「……そうそう、刀って、つんつんに研いであればいいってもんじゃないよね」
「うん。一見、そんなに鋭くない研ぎでも、むしろそういう方が、ちゃんとばっさり斬れたりするよね」
「あーCさんの刀もかー。わたしの刀もそんな感じで、試し斬りで巻藁を斬った時、気持ちよかった」
「わかる! いい研ぎって、やっぱり違うよね」
とある武道の、もと二段と四段の有段者会話である。
特にCさんは天才で、通常なら年月がかかる四段まで、短期間のうちにたちまち昇段していったくらいなのだ。
と、そんな物騒な話をしていたせいなのか、先客だった年配女性はその会話の最中、そっと湯から上がり、そっと扉の向こうへと消えていった。
いや、単純に「そろそろ上がるか」と思っただけかもしれないけど、あるいは、
(やべー連中が来た……)
なんて思われた可能性も、まあ否定しきれない。
喋ってるうちら自身も(物騒な話題だなあ)なんて心の中で苦笑してたくらいだし。
二人とも、今はもうやってないとは言え、思い出話も多いし、やっぱりお互いに刀が好きなので、話題が尽きることもなく、湯煙の中、日本刀談義で夜が更けていったのだった。
◯
本日、残るお愉しみイベントは、夜のまったり飲み大会。
どうせならロビーでと思ったが、
「飲みですか。じゃあ、そっちの休憩室でどうぞ」
宿の人に勧められて、10畳ほどの和室へ飲み物とつまみを運び入れることになった。
館内案内図では〔図書室〕とある通り、部屋にはずらっと様々な本がならんでいて、テレビもあり、将棋もあり、何よりこたつが鎮座している。
そのこたつを囲んで、三人の談話が始まる。
酒豪のCさんは何本ものビール。
ちょっぴりなら飲めるわたしは、なんかオシャレ系のお酒を一本。
豪快な見た目に反してまったく飲めない我が夫は、お茶系やポカリなど。
あとはチーズ、つけもの、お菓子。
くだらないばかりの、ひたすた楽しい会話の中、
「わたしさ、前に知り合いから『雰囲気が、もう中に似てる』とか言われて、軽くショックを受けたわー」
そんなことないのにねー、というノリを期待しての話題を出してみたら、二人とも「ぷっ」と笑い、否定する気配がまったくなく、わたしを困惑させる。
「いやあ、のどかさん、どちらかというと、もう小学生……」
「ああ、のどかはむしろ『もう小』って感じだな」
なぜだ!
グレードダウンしてるじゃないか!
「いや、もう中は面白いけど、わたしが自分に求めるイメージはそういうんじゃなく……どっちかっていうとバイオハザードに出てくる、エイダ・ウォンみたいなクールでキレ者な感じの……」
しょんぼりしていると、すぐ脇の廊下を、
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃ〜〜!」
猫の鳴き声がよぎってゆく。
宿の人が猫を捕まえ、どこかへ連行していったのだ。
「もう夜なので、もうちょっとお静かにー」
我々へ、注意をうながしながら。
◯
山奥は、まだ日付をまたいでいない時間帯でも、まるで深夜の雰囲気をかもしてくれる。
いつもならまだばっちり起きている時間ながら、
「おやすみー」
布団を自分達で敷いて、就寝モードへ移行しようとした、その時。
「にゃ〜」
猫がそろりとやって来て、布団の上に居座った。
このような接待を用意しているとは、北温泉、あなどりがたし。
とは言え、ずっと撫でているわけにもいかないので、その身体を撫でつつ愛でつつも、
「さ、おやすみなさい」
よいしょと持ち上げ、
「うにゃにゃ〜!」
不本意そうに鳴く猫を、丁重に部屋の外へと解き放った。
明日の朝は、残った鍋汁の雑炊が待っている。
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