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【浅草】カフェ・ムルソー 隅田川を見下ろすカフェ

 浅草を散歩したら、このカフェは絶対に立ち寄りたい!
 観光客なんかこないおしゃれなカフェで、隅田川を見下ろしながらゆったりすごすティータムの優雅さよ。

 浅草は、雷門周辺は観光客でごった返しているけれど、少し道をはずれたら、閑静な雰囲気の通りなど、いくらでも存在している。
 賑やかな雰囲気が大好きだけど、浅草に住み暮らす人たちがいるのであろう住宅の、少しばかりくたびれた雰囲気の通りを歩くと、自分も浅草の住人になったような気分にもひたれる。
 もちろん、親戚や縁者がいるでもなく、そこを歩くわたしは単なる一人の余所者なのだろうけれど、それでも、あたかも故郷を散歩しているかのような安堵感に包まれて、わたしはこよなく浅草が好き。

 そんな人通りのあまりない道を、ある日、てくてくと歩いていて見つけたのが、少し奥まった印象のあるカフェ。
 名を〔カフェ・ムルソー〕という。

 一階は菓子やケーキを作ったり売ったりしてて、二階と三階がカフェのフロア。
 わたしはここで、いつもアールグレイを飲む。
 種類と味がわかるほど紅茶にうるさくはないけど、アールグレイはスパイシーな風味が好きで、何かといえばバカの一つ覚えのごとく、こればかり頼んでしまう。
 こうして隅田川の流れを見下ろしつつ、静かにもの想いにふけるような顔で紅茶のカップを傾けていると、おしゃれなひと時を過ごしているかのような気分にひたれる。
 浅草って、そういう街だったっけ?

 そんな墨田川の、すぐ下には幾艘もの屋根船。
 流れの中央を、時折、フェリーが白波をたてて走り去ってゆく。
 まれに、ピカピカ光る宇宙船のような姿をしたフェリーも通り過ぎてゆく。

 浅草には他にも、典型的な喫茶店といったかんじの〔ローヤル珈琲店〕や、芋ようかんで有名な舟和本店の二階にある和風カフェ、今はなき〔アンヂェラス〕などもあったし、何ならドトールだってある。
 そうしたところへ行くこともあるが、多くの場合、殊に、浅草を案内してあげたい友人や知人が一緒だった場合、やはりムルソーへ足が向く。

 一昨年の三月。
 ジャーナリストをしている友達が、急に海外赴任となり、数年は会えなくなるというので、仲の良い者同士三人で集まることにした。
 いつもより、ぐっと賑やかさが慎ましい浅草ではあったものの、それでも今回は特に人混みを避けての、慎重なルートを選んで歩く。
 こういう時、ムルソーのように静かな環境は、ありがたい。
 雨のふりそぼる中、まずは駒形どぜうで遅めの昼食をし、さっとムルソーへ移動。
 大学時代から熱いジャーナリズム魂に燃えていた友達は、就職に苦戦しながらも、ついに記者となれた訳だけど、
「せっかく新聞社で記者しているのに、記事をひとつも書かない奴がいる……」
 なんて、大きなブルーベリーを乗せたタルトをつつきながら、ぼやいていた。
 こういう、ちゃんと熱意を持っている記者もいてくれる。

ムルソーの紅茶とタルト

 さて、このメンバーで集まると、どうしてもカラオケは外せない。
 でも、時期はコロナ禍の真っ最中……。
 そろそろ店を出ようかという時間となり、三人の視線が絡みあう。
 互いに牽制しあい、あるいはその身に秘めた欲望を読み合おうとし、かつ理性と渇望のはざまで苦悩する。
 かつてないほどの葛藤がうずをまき、視線に火花が飛び散る。
(どうする……どうする……どうする!?)
 全員、一様に苦悩を浮かべ、悩み抜いた末……。
 残った紅茶を飲み干し、残ったケーキやタルトを口へ放り込むや、全員が一斉に、こう決断をくだした。
「楽しみは、数年後の再会まで、とっておこう」
 欲望よりも、理性が勝った瞬間だ。
 我が心象風景では天上から神々しき光がふりそそぎ、祝福のファンファーレがなっていた。
 我々は、大人として、ひとかわむけた
 お互い学生時代だったら、きっと欲望に負けていた。
 成長したのだ!
 目を転じると、雨に振り煙る隅田川に、出発したばかりのフェリーが、ゆるりと波を散らし進んでいた。

カフェ・ムルソー

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