【シルクロード6】吐魯番(トルファン) 世紀末救世主的風景とロバ
「え、君ら日本人? うちらと一緒にこの後チベットに行こうよ。お金出すから」
まさか中国シルクロードの旅の列車でナンパされるとは、思ってもみなかった。しかもお金持ち。
敦煌を出て、哈密(ハミ)経由でトルファンへ向かう列車は、残念ながら席が取れず、无座(席なし)のチケットを手に飛び乗ることになってしまった。
が、中国人のひしめく車両の中、日本人の旅行者がいることが次第に知れ渡ると、
「おーい日本人の学生、こっち来いよ」
などと、あちらこちらにお呼ばれして、何かしらご馳走になりつつ、巡ることになった。いや賑やかすぎる。
乗った当初、所在もなく列車の連結部ちかくで、大きなバックパックに腰掛けつつ。ぽや〜んとしていたけれど、そのうち強面だけどめっちゃ親切な乗務員さんが、荷物を持ち上げてくれて、車内の荷棚に無理やり空きスペースを作り、そこに押し込んでくれたものだった。
おまけに、まだ乗客が乗ってきていない座席に、
「来るまでは座ってな」
とまあ、何駅目かで正規の乗客が来て、不機嫌そうに「お前なにここ座ってんだ、どけや!」と追い出されたけれど、こちらがあたふたしている間に、
「あー、なんだお前、日本人か。留学生か? じゃあここ座ってろ。いいぞ」
ま、そんなわけにはいかないので、親切な申し出をどうにかして断って、その辺の適当な座席付近に背中をあずけ、ぼんやり突っ立っていることにした。
中国人は〔好客:Hao Ke ハオクー〕という、お客人をもてなさねば罪とする、みたいな風習というかこだわりというか意気込みがあるので、たとえば日頃から反日的なことを言っているような人だったとしても、直接ご対面すると、何かと親切にしてくれることが多い。
ま、人によりけりかもしれないけど。
少なくとも中国に滞在している間、中国人から嫌な思いをされたことは、ほんの数えるほどしかなく、ほとんどが人情あふれる接し方をしてくれたものだった。
結局、中国人だろう日本人だろうと、国籍や国境をとっぱらって考えてみると、どんな国の人でも「おなじ人間」なのだ、と思う。
で、そのうち、あちらこちらに呼ばれるようになって、脳みそをフル回転しつつ相手の中国語を聞き取って、必死に脳内で中国語を組み立て話す。
あるいは、しゃべるのを放棄して筆談をかわす。
同じ漢字だけどまったく違う意味を持つ語句にさえ気をつけていれば、どうにかなる。たとえば「手紙(トイレットペーパー)」とか。
とても疲れるけれど、賑やかで楽しい。
しまいには、大学生の一団からナンパまでされる始末だった訳だ。
怖いので、丁重にお断りしたけれど。
朝の8時に出た列車は、夕方くらいに吐魯番(トルファン)駅へついてくれた。
そこからさらに小一時間ほどバスに揺られて、中心街へ到着。
道中、強烈な日差しをはねかえす褐色の大地を見つめていると、どこからともなくモヒカン男が痛そうな武器を振り回しつつバイクか何かに乗って現れそうな気がした。
たとえ襲われたとしても、どこからともなく世紀末救世主が現れて、撃退してくれるだろうから、ま、安心だったけど。
……というような連想と妄想が強くはたらくような、そんな風景に囲まれた土地だった。
シルクロードの浪漫、どこいった。
○
トルファンこそが、中学時代以来の憧れの、一番の中心だった。
このトルファンには最遊記に出てくる〔火焔山〕があるのだ。
三蔵一行と牛魔王が熾烈な戦いを繰り広げる、ぼーぼー燃えさかる劫火の山だ。
「ついに…………やって来た………………!!」
我が生涯、最高の瞬間──と言っても過言ではないほど、感動していた。
到着の翌日、涼しい部屋でのんびり新鮮あらいたてなシーツの感触へ頬ずりしつつ、世界の幸せを感じた後。
外れにある、市場的な広場で買った、毎日恒例のハミ瓜をもしゃもしゃ食べながら歩く。
道端にロバがいて、ぶひひ〜んといななくので、つい可愛く思えて、手にした残りのハミ瓜を皮ごとその口へ近づけてやった。
とたん、ロバはもしゃもしゃと、ダイソン並みの吸引力で咀嚼していって、しまいにはわたしの手まで舐めて喰うとか。
可愛い〜、と思いつつも、さすがにロバの唾液べっとりは、ちょっと辛いものがあった。
きっとトルファン近郊の農家が使っているロバなんだろうけど、車両が勢いよく行き交う周囲の様子から見るに、引退はそうさほど遠い未来じゃない気がした。
実際のところ、想像していたのと違う、近代的な建物が結構ならんでいて、あからさまに新しいアスファルト道路も多い。
それでも、ちょっと中心地から離れて歩けば、土ぼこりの道も残っていた。
夕食にはポノをたべた。
これはウイグル語の呼び方で、北京語では〔抓飯:ZhuaFan ヅアファン〕と書く。読んで字のごとく、つまんで食べるご飯だ、
ピラフのようなもので、具は羊肉。
巨大な中華鍋のような丸い鉄鍋が二つ。
一方には黄色いピラフが。
もう一方には、汁気たっぷりに煮込んだ、羊肉のかたまり。
皿にご飯を盛って、その上に羊肉をどかんと乗せるのだ。
どこか甘味のある美味しさだった。
○
まる一日、憧れをかみしめながら過ごし、次の日はいよいよ火焔山だの交河故城だのカレーズだのと、ついにこの肉眼で味わう瞬間がやって来る。
つづく
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