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【西安】あこがれの古都・長安(二)歴史的ランドマークと怪しい地下迷宮

 歴史ある土地を歩く時の、いちばんの醍醐味は、大好きな歴史人物の足跡をたどることにつきると思う。

〔西遊記〕の三蔵法師は、高僧でありながら、妖魔に遭遇するたびにぶるぶる震える情けなさだけど、これは仕方がない。孫悟空らの活躍を強調するための演出なのだから。
 史実の三蔵法師・玄奘は、実に信念の人で、情勢不安定ゆえに国外へ出ることを禁じられていようとも、国境をやぶってインドへ行くし、荒凉たる死の沙漠──莫賀延蹟や、猛吹雪の大雪山へも突っ込んでゆくなど、勇気の人……というより、仏教のためなら他のことなど気にしない人物だった。

 その玄奘がインドでさんざん名声をほしいままにし、帰国した後、朝廷の権力を利用するだけ利用つくして、仏教経典の翻訳事業に従事したのが、長安に建立した〔大慈恩寺〕なのだ。
 大きな寺院ともなれば、民の憩いの場所としても開放される。
 そんな大慈恩寺の境内にそそりたつ〔大雁塔〕は長安の主要ランドマークで、この中に玄奘がインドから持ち帰った経典だの仏像だのが収められていた。

 と、前置きが長くなっちゃったけど、当然わたしはこの大雁塔へ出向いた。
(あの大慈恩寺と大雁塔へ、ついに……中学時代からのあこがれへ!)
 さっそくスケッチし、ペン画にしてみた。
 にこにこ鉛筆やペンを走らせるわたしの背後へ、現地のおじさんがそっと近寄り、ひとこと感想をもらして去ってゆく。
「不好(ぶーはお:へたくそ)……」
 うっさいわ!
 ま、自分でもそう思いながら描いてたから、しょうがないけどね。
 デッサンがなってない、パースが変、木にいたっては、描くのがめんどいので適当にごまかしてるのが丸わかり……。

難しいとこ全部ごまかして描いた大雁塔

          ◯

 その大雁塔のすぐ近くに、妙なものを見つけた。
 大雁塔地下宮。
 え、地下に宮殿!?
 瞬間、わたしの脳裡に妄想がひろがる。
 大規模な大慈恩寺の地下へもうけられた、謎の迷宮。
 長年ずっと秘匿されてきた空間に、さまざまな歴史の遺物。
 数々の罠が設けられ、それを越えた先に待ち受ける秘宝……。
 およそ3500平方メートルもの地下迷宮だ。

 いや、いかがわしすぎて、
(これ、絶対にハズレだよね……)
 そんな予感をいだきつつも、けっして安くはない入場料を払ってしまった。
 学生20元、一般30元、子供が15元。
 日本円にして、3〜400円くらいだけど、わたしが個人的に考えている『感覚物価換算』でいうなら、100元札が1万円札か、あるいは今なら5千円札くらいの感覚。だからまあ、入場料は千円か二千円くらいの感覚かな。

 ※感覚物価換算:実際のレートに関係なく、キリの良い金額(中国なら100元)を、日本でのキリの良い金額(1万円とか)に当てはめて考えると、現地の物価感覚がわかりやすくなる気がするという、独自解釈すぎる大雑把な物価換算

 いざ、内部へ足を踏み入れると……。
「うん、だよねー。期待はずれの予感はあったよ。なんかチープすぎるし」
 おさえきれない苦笑とともに、雄々しく仁王立ちする玄奘像のわきをすりぬけると……アーチ型の天井がつづく、けばけばしい照明の地下道を歩かされるはめになった。
 歴史的な雰囲気のかけらもない、安っぽい仏像や彫像が並んでいたり、あまり関係なさそうな書画がずらり掛けられていたり。
 中には、
「玄奘の袈裟!」
「玄奘の仏刀!」
「沙漠で使ってた水筒!」
 とかいうのが展示されていたりする。
 絶対うそ!!
 それっぽく、白いほこりがつもっていて、経年変化がみられるものの、1400年もまえの衣類がこんな形で残ってるはずもないし。

 いま、改めてこの〔大雁塔地下宮〕を検索してみると、
「絶対に行っちゃいけない場所」
 という見出しで紹介するブログさえあった。
 うん、実に、強く、共感するよ。

玄奘の袈裟?
玄奘の仏刀?


          ◯

 この日の夕食は、めずらしく和食にしてみた。
 中国にいると、現地の料理がとても美味しいので、日本食がちっとも恋しくならない。
 西安でも、岐山麺などの程よい辛味のきいた麺や、羊肉泡饃(やんろうぱおもー)という、羊のスープにちぎったパンを放り込んむ名物など美味しいものがもりだくさんなのだから。
 でも、街角でふと日本料理の看板をみかけた時、
「中国って、中国の料理は場末であろうと超絶美味だったりするのに、外国料理が超絶不味だったりするけど……うどんとか、どうなのかな」
 どうせ、好奇心で大ハズレをひいたばかりの日なのだ、ついでに、怖いもの見たさでまたハズレを引くのも、旅の勇者たる行動であろう、と心に決め、冒険してみることにした。

 店内へ入ってみると、店員さんはみな和服姿。
 ちらり観察すると、着付けは案外としっかりしている様子。
 ただし、その生地は安っぽい化繊だったけど。
 しかも足許は足袋ではなく、足袋っぽい形の靴下だった。
(これだけ着付けがしっかりしているなら、もう一踏ん張りで完璧だったのになあ……)
 一時が万事、これが店の料理の質を象徴しているのでは、という予感がよぎる。

 頼んだのは、天ぷらうどん。
 覚悟をきめて、そろっと口へ運ぶと……。
 汁は京風。
 昆布の出汁をきかせ、すきとおった上品な色をしている。
 天ぷらは、えび。衣はさくっとした風合い。
 その下側の、汁にひたった部分は油と出汁が美味しく融合している。
 つまりは、
「これなら、日本で普通に出せる美味しさかもしれん」

 安心したところで、うどんを啜りつつ、考える。
(次は兵馬俑か、秦の始皇帝陵、あるいは楊貴妃がつかった温泉・華清池あたりに……)
 西安滞在の前半は、絶対にはずせない歴史の遺風にふれておき、後半はのんびりまったり過ごすつもりで、計画を練るのであった。

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