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Anti christ

自主映画を撮っていた頃に書いたオリジナル脚本です。
四年前の作品になります。

PDFファイルとこちらのテキストどちらでも読めるようになっています。
PDFファイルの方が縦書きなので読みやすいかな?
よかったらお読みくださいな。

  


Anti christ 

霧島 はるか

 
《概要》

王道派のキリスト教からは異端とされ、カルトとまで呼ばれるキリスト教系の新興宗教の狂信的信者である母の元に生まれた白瀬大河。支配的な母親に信仰を強要されて育った大河は、心に深刻なダメージを受け成長していた。地元での破滅的な生活から逃れ上京し、母優子と絶縁。善き恋人にも恵まれようやく自分の人生を歩めているようだったが、些細なことで過去のトラウマを思い出し動けなくなってしまう憂鬱な日々を送っていた。優子、更には神の呪縛から解放されるためには優子を殺すしかない。そんな願望が反映された、優子を殺害するという夢を見た大河だったが、殺したところで優子、更に過去の呪縛からは解放されないと悟った大河は自殺に救いを求める。

《登場人物》

・白瀬 大河(シラセ タイガ) 男 (7)(14)(17)(20)(23) 写真家を目指す

・杏(アズ) 女 (23) 大河の彼女

・麻奈美(マナミ)女 (27) 大河の元カノ

・白瀬 優子(ユウコ) 女 (28)(48) 大河の母親

・ナナツメ 女 (20代後半) 大河の幻覚

・古谷(フルヤ) 男 (23) 写真家を目指す。大河の友人

・嶋野(シマノ) 男 (47) 古谷のバイト先の上司

・梨佳子(リカコ) 女 (22) 大河が高校時代に関係を持っていた女性

・結希(ユキ) 女 (17) 大河の元彼   女

・麻央(マオ) 女 (32) 大河が想いを寄せていたバイト先の先輩

・桜木(サクラギ) 女 (26) 大河と古谷の知り合いの写真家

・小泉 アナウンサー 男 (40)

・武井 ニュース番組の司会者 男 (50)

・水嶋 男 (33) コメンテーター

・神父 男 (47)

・公園で出会うタトゥーの女性(28)

・学者 男 (40) 声だけ

・黒布で顔を覆った男子1 (低学年)

・黒布で顔を覆った男子2 (低学年)

・黒布で顔を覆った男子3 (低学年)

・黒布で顔を覆った女子1 (低学年)

・黒布で顔を覆った女子2 (低学年)

・黒布で顔を覆った女子3 (低学年)

・黒布で顔を覆った男性1 (20代)

・黒布で顔を覆った男性2 (20代)

・黒布で顔を覆った男性3 (20代)

・黒布で顔を覆った女性1 (20代)

・黒布で顔を覆った女性2 (20代)

・黒布で顔を覆った女性3 (20代)




1部屋(夢)

真っ暗な空間。

辺りは何も見えない。

遠くに少しだけ光が差している。

扉が開いているようだ。

水の中でもがくような音が聞こえてくる。

明かりが近づいてくる。

 

2暗転 引用文表示

「一切の望みは捨てよ。汝ら、われをくぐる者」 ダンテ【神曲 地獄編】より

 

3道 夜(夢)

電灯が左右に一つずつ付いた街灯が立っている。

どことなく子宮の形に見える。

どこかから赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

 

4大河のアパート 部屋 キッチン 夜(夢)

無機質な蛍光灯の光に照らされた、シンクの中の排水溝。

排水溝のそばに水滴が落ち続けている。

 

5暗闇(夢)

真っ暗な空間に、目玉が一つある。

目玉は一点を見つめている。

 

6大河の実家 昼 寝室(夢)

カーテンの閉め切られた寝室。

ベッドの上に、青いワンピースを着た優子(28)が座っている。

優子は赤ん坊の人形を抱き抱えている。

優子の目には包帯が巻かれ、ちょうど両目の部分から血がにじみ出している。

包帯の真ん中部分には目が一つ描かれている。

優子は微笑みながら人形の口に無理矢理目玉を飲み込ませようとしている。

優子の手は少し荒れている。

人形の両目には包帯が巻かれ、目隠しをされている。

優子の腕に力が入り、人形の口に目玉がめり込む。

 

7ラブホテル 昼(回想)

真っ赤な絨毯。

絨毯の上にはコンドームの空き袋や下着が散らばっている。

ベッドのきしむ音。

真っ赤な絨毯に真っ白な毛布が蹴落とされる。

シーツを掴む麻奈美(27)の手。

あえぐ麻奈美の喉。

×××

ベッドで眠っている麻奈美。

麻奈美に背を向けるようにして座る大河(20)は、煙草を吸っている。

ふと、大河が麻奈美の寝顔を見る。

麻奈美の首には『All you need is love』の文字と共にキスマークが描かれている。

麻奈美の目元。

麻奈美の少し荒れた手。

大河、急に気持ち悪そうに手を口に当てる。

大河の喉が動く。

大河が口から不安げに何かを取り出す。

大河の口からは目玉が出てくる。

 

8タイトルイン

 

9大河のアパート 部屋 夜

1K6畳の狭い部屋。

大量の本、CD。

本棚の上には片目が飛び出した頭でっかちなゾンビのマスコット。

壁にはシド・ヴィシャス、カート・コバーン、Slipknotのポスター。

ベッドに座りじっと画集を見つめる杏(23)。

杏の膝に頭をのせてくつろぐ上半身裸の大河(23)。

ベッドの枕もとには大量の目覚まし時計。

杏の見つめるページにはドラクロワの『民衆を導く自由の女神』が載っている。

杏 「これ?」

大河 「うん。それ下敷きにしてね」

杏 「でかくなるでしょ」

大河 「これくらい」

大河が左の二の腕部分をさす。

杏 「でか(笑)。絶対痛いじゃん」

杏は大河のへそのあたりに入っている『Everything′s not lost』というタトゥーを指でなぞっている。

大河 「何事も我慢強くいかないとね」

杏 「誰が言ってんねん」

大河 「我慢強いやろ」

杏 「初デート思い出してみろ」

 

10港 夜 晴れ(回想)

海を青白く照らす月。

寂れた港。

港にコンパクトカーが停まっている。

大河と杏の楽しそうな声が聞こえてくる。

 

11港 車内(回想)

後部座席に大河と杏が座っている。

大河 「ね、ここ来て」

大河、そう言い自分の膝をポンッとたたく。

杏 「え~」

杏、照れて少しためらっていたが、大河の膝の上に、大河と同じ方向を向いて乗る。

大河 「こっち向きに座ってよ」

杏 「え~」

杏、照れたようなそぶりをし、態勢を変えるのをためらう。

大河 「いいから」

杏 「重いでしょ?」

大河 「重くないって。いいから」

杏、照れながらも大河と向き合う形に座り直す。

大河、杏を見ていたずらっぽく笑う。

杏、少し視線を下げて笑う。

大河、杏にキスをする。

杏も大河のキスを受け入れる。

大河の肩に置かれた杏の手に力がこもる。

唇を離して見つめ合う二人。

杏、照れ笑いをして大河から視線を逸らす。

大河、杏にもう一度キスしようとするが、杏が大河の頬を両手で優しくサンドイッチして

杏 「ねね、大河君って明後日バイト入ってたっけ?」

大河 「ね~。そんなこといいからさあ」

大河、もう一度杏にキスをする。

杏も大河を受け入れる。

徐々にキスが激しくなる。

カーナビの上には片目が飛び出した頭でっかちなゾンビの、首振りマスコットが置かれている。

ゾンビの頭が少し揺れる。

二人のキスの音がする。

杏の甘い吐息が漏れる。

服をなでる音が聞こえる。

服がこすれ、ずれる音が聞こえる。

後部座席でことを始めようと、杏の服に手をかけている大河。

杏 「え?ねねねね!ちょっと」

杏が驚きの声を上げる。

大河 「ん~」

大河、驚く杏をよそに彼女にキスをする。

杏 「待って待って。え?ここで?」

杏はかなり焦っているようだ。

大河、少し笑う。

大河、杏の首筋にキスし始める。

躊躇いながらも受け入れる杏。

杏 「え~。ねーえ。ちょっと。あっ」

杏から甘い吐息が漏れる。

 

12港 車止め付近 夜 晴れ(回想)

車止めにカモメがとまっている。

遠くで車が揺れている。

 

13港 車 外観 夜 晴れ(回想)

車が揺れている。

近くにいた二人組の釣り人が車を見ている。

一人は赤い帽子をかぶっている。

 

14港 車内 夜(回想)

ゾンビの人形の頭が揺れている。

大河の焦ったような声が聞こえてくる。

大河の声 「ねっ、ちょっ、めちゃ車揺れてんじゃん」

杏の声 「うそ!まじ?」

杏はとても楽しそうだ。

ゾンビの頭の揺れが激しくなる。

大河の声 「ばかばかばか」

杏の声 「まじ?こう?」

 

15港 車 外観 夜 晴れ(回想)

さらに車が揺れる。

いつの間にか二人組の釣り人の横に、もう一人釣り人が来ている。

三人とも車を見ている。

赤い帽子の男がもぞもぞしだす。

車のそばに行こうか迷っているようだ。

 

16港 車内 夜(回想)

ゾンビの頭の揺れが激しくなっている。

大河の声 「ねえ!外に人いるから」

大河は先ほどよりさらに焦っているようだ。

杏の声 「うそ!挨拶しんと。こんにちは~   」

杏はとても楽しそうだ。

 

17港 車 外観 夜 晴れ(回想)

車、さらに揺れる。

釣り人が六人になっている。

いつの間にか赤い帽子の男が車の後ろを行ったり来たりしている。

気難しい表情を作り、釣りのポイントを探しているふりをしているが、明らかに車内を覗こうとしている。

 

18港 車内 夜(回想)

ゾンビの頭が取れそうなほど揺れている。

大河の声 「ちょっ、ほんとにさ!あ、待ってやばい」

 

19大河のアパート 部屋 夜

大河、杏の頬を軽く引っ張りながら

大河 「ノリノリで車揺らしてたのってなんて人だったっけ?」

杏 「ガシッ」

と言いながら、両手で大河の両頬を思い切りサンドイッチする。

大河 「いって」

2人、笑い出す。

しかし、急に杏が表情を曇らせ

杏 「ああ、明日嫌な先輩と一緒だった」

大河 「あらら、せっかく忘れてたのに」

杏 「いーやー。仕事行きたくない」

大河 「応援してるよ。そして俺を養ってくれ」

大河、そう言いながら再び杏の頬を軽くつまむ。

大河の手首には目のタトゥーが入っている。

杏 「あんたはもう少しちゃんとしろ(笑)」

大河 「夢はひもメン」

杏 「はあ?」

杏、少し怒ったようなふりをして大河の鼻をつまむ。

大河 「うそうそ!」

杏 「すでに実現しかけてるからね?」

大河 「しっかりします(笑)。でもいつもお疲れ様ね」

杏 「うん。ありがと。がっちゃんもね。明日もへましないように祈っといて」

大河、ぎょっとした表情になる。

大河、杏の首筋を見る。

杏の喉が動く。

エアコンが不快な音を立てながら部屋を暖めている。

 

20白瀬家 リビング 昼(回想)

強い日差しが差し込むリビング。

床に膝をついて苦しむ大河。

大河の頭上の本棚には十字架の置物がたててある。

大河を見下ろしながら微笑む優子。

優子の両目は包帯でふさがれ、両目の位置から血がにじみ出している。

包帯の真ん中部分には目が描かれている。

大河は指を喉に突っ込み吐こうとしている

大河がえずく。

口から粘り気のある液体が滴り落ちる。

大河、床に落ちた液体を見ながらもう一度苦しそうに指を喉に突っ込む。

嗚咽と共に口から何か吐き出す。

目玉が出てくる。

堰を切ったように吐き始める大河。

更に一つ目玉が出てくる。

更にもう一つ。

更にもう一つ。

更にもう一つ。

ようやく少し落ち着く大河。

床には目玉が転がっている。

優子が少し顔をしかめ大河にゆっくりと近づいてくる。

大河、優子から逃れるように這いつくばりながらベランダに続く窓を目指す。

どこからともなく囁き声が聞こえてくる。

囁き声は、無数に重なり反響する。

囁き声① 「子羊には七つの角と七つの目があった。この七つの……」

囁き声② 「主よ、いつまで裁きを行わず……」

囁き声③ 「私は、赤い獣にまたがっている一人の女を見た。この……」

囁き声④ 「女は紫と赤の衣を着て、金と宝石と真珠で……」

優子がゆっくりと大河の後を追ってくる。

大河、ベランダに続く窓に手をかける。

 

21同 ベランダ 昼(回想)

大河が苦しそうにベランダにはい出る。

ベランダの手すりにつかまり立ち上がる。

囁き声が大きくなる。

いつの間にか、大河の真横に赤いワンピースを着たナナツメ(20代後半)が立っている。

ナナツメの右頬には目が三つ、左頬には目が四つ描かれている。

ナナツメの頬に描かれた目は全て違った方向を見つめている。

ナナツメが大河の耳元で何か囁く。

大河、それを聞きゆっくりとベランダの下へと視線をうつす。

ベランダの下には無機質なコンクリートが広がっている。

 

22公園 池 昼 晴れ

様々な人で賑わる大きな公園。

池にかかる橋。

どこかからシャッターを切る音が聞こえてくる。

 

23同 フェンス付近 昼 晴れ

桜木(26)がフェンスに手をかけ、フェンス越しに遠くを見つめている。

袖をまくった桜木の腕には『Who cares?』とタトゥーが入っている。

桜木、白い息を吐く。

桜木を撮影する大河。

心ここにあらずといった様子でシャッターを切り続けている。

そこへ

古谷 「ちょっと休憩しようや」

と言いながら、古谷(23)がやってくる。

古谷の首には一眼がぶら下がっている。

古谷は缶コーヒーを三人分持っている。

 

24同 森 昼 晴れ

公園内にある小さな森。

たくさんの枯れた木々が立ち並ぶ。

 

25同 ベンチ 昼 晴れ

ベンチに大河と古谷(23)が座って喋っている。

大河は心ここにあらずと言った感じで一点を見つめ続けている。

古谷 「ほら、こんな感じ」

古谷がスマホを大河に見せる。

スマホの画面には誰かがスカートをはいている下半身の写真が投稿されたインスタが表示されている。

スタイル抜群の下半身。

大河、スマホを見て

大河 「うお、まじか」

と言いながら、またどこか遠くへ視線を戻す。

古谷 「これこの前作った新作らしい」

大河 「まじか」

古谷 「これだけ見たらまじで女子力高めの人のインスタだろ?」

大河 「まじでね」

大河、目の前を横切る女性(28)に目をとめる。

女性は大河たちの隣のベンチに座り、スマホをいじり始める。

女性はどことなく麻奈美に似ている。

大河、女性から目を離すことができない。

古谷 「また嶋野さんスタイルがめちゃいいんよ。ほら見てこれ」

と言いながら古谷が別の写真を表示したスマホを大河に見せる。

スカートからのびるスタイル抜群の足。

大河、スマホを見て

大河 「うお、まじか」

と言いながら、また女性の方を見る。

大河、女性の首にタトゥーが入っていることに気づく。

古谷 「この足の細さ(笑)。しかも自分ちの猫の写真とかめっちゃあげてるし」

大河 「まじか」

古谷 「そんでさ、これ今のスカート履いてる時の全体写真。ラインで送ってもらったんよ」

古谷、そう言ってスマホを操作し、再び画面を大河に見せる。

大河、古谷のスマホへと視線を移すも、心ここにあらずと言った状態は変わっていない。

スマホの画面にはスカートから伸びるスタイル抜群の足が写った写真。

古谷 「これがさ、こうなるんよ」

古谷、得意げな表情をして写真を上へとスクロールする。

黒のTシャツを着たやせ形の、それも明らかに男の物とわかる上半身が表示され、古谷がさらに上へとスクロールすると、眼鏡をかけ無精ひげを生やし、さえない表情をした嶋野(47)の顔が映し出される。

大河 「うお!まじか」

大河、そう言って少し楽しそうに笑うも、再び女性の方へ視線を戻す。

古谷はそんな大河の様子を気にも留めずに楽しそうに会話を続ける。

古谷 「これやべえよな。初見まじで吹いたもん」

大河は女性の、麻奈美と同じ位置に入っているタトゥーに目を凝らす。

女性の首には『ONLY GOD CAN JUDGE ME』の文字と共に大きな瞳が描かれている。

大河の鼓動が早くなる。

古谷 「インスタだけ見たらまじでOLだろ?本人もそれ狙っててさ…」

首の目が大河をじっと見つめている。

 

26ラブホテル ベッドルーム 昼(回想)

薄暗い部屋の中、120インチほどの大きなテレビからニュースが流れている。

画面には、報道関係者や警察関係者で騒然としている住宅街が映し出されている。

テレビに表示された時計は十四時十二分を指している。

スーツを着た小泉アナウンサー(40)が深刻な表情で事件の概要を伝えている。

彼のすぐ後ろに見える一軒屋はブルーシートに覆われ、警察関係者があわただしく出入りしている。

小泉 「事件が起きたのは、家族連れが多く住むこちらの閑静な住宅街です。本日午前九時ごろ、近隣の住民から血まみれの男が全裸で歩き回っているとの通報がありました。警察官が駆け付けたところ、全裸で血まみれの状態の少年がこちらの家の駐車場に座り込んでいたとのことです。少年はこの家に住む十四歳の中学生で、警察官が駆け付けた際、この家で何人か殺した、と話し事件が発覚しました」

大理石のような机の上には、大きな紙コップが二つ置いてある。

どちらも時間が立っているのか、表面に水滴を吹いている。

床に蹴落とされくしゃくしゃになった下着やシーツ、コンドームの空き袋などがテレビの光に照らされぼんやりと輝いて見える。

小泉 「少年の自宅からは、昨日から行方が分からなくなっていた近所の女児二人のものと思われる遺体、また少年の両親と思われる人物の遺体が発見されました」

ベッドの上の灰皿には、まだ火がくすぶっている新しい吸い殻が多く積もっている。そのどれもが、半分も吸わないうちに捨てられている。

小泉 「少年は重要参考人として署への同行に応じており、警察官に同行する少年を目撃していた近隣住民の男性は、少年は非常に落ち着いた様子だったと話しています。少年は調べに対し、自分がやったと供述しており、警察は容疑が固まり次第少年を逮捕する方針だということです。現場からは以上です」

上半身裸の大河(20)がベッドの上で煙草を吸っている。

ニュースを見ているようだが、その目線は明らかに焦点があっていない。

左手で終始頭頂部の髪を引っ張ったり指にからませたりしている。

まだ半分ほど残っている煙草を灰皿に押し付け、しばらく髪を弄んでいたが、再び煙草を手に取り吸い始める。

ニュース映像は事件現場からスタジオに移る。

スーツを着た司会者の武井(50)の、神妙な顔つきが映し出される。

武井 「小泉さん、ありがとうございました。と言うことでね、怖いですね~、水嶋さん」

映像は水嶋(33)と呼ばれたコメンテーターのアップに切り替わる。

明るいブルーのジャケットを着、アイドルのように伸ばした髪をジェルで固めた様子は、明らかにこの状況から浮いている。

水嶋 「ほんとに怖いですね。今朝僕もここに来る前にニュースを見たんですけど、少年A事件を思い出さずにはいられなくなりましたね」

そのコメントを聞いた大河の喉が動く。

髪を弄る手に力がこもる。

麻奈美 「ここの風呂めっちゃ広いね」

麻奈美が濡れた髪をタオルで吹きながら、下着姿で部屋に入ってくる。

大河、麻奈美の声で我に返り、髪を弄んでいた手を下ろし無理矢理に笑顔を作る。

麻奈美 「奥の方見た?ヤるスペースになってたよ」

大河 「なってたね。バーとかあったし」

そう言って大河が笑うと、麻奈美も思い出したように笑い出す。

麻奈美 「そうそう!やばすぎでしょ」

大河 「使い方は無限大!」

それを聞いた麻奈美、更に笑う。

心底楽しそうだ。

 

27ラブホテル 風呂 昼(回想)

風呂場の壁に、一見するとタオルかけのような鉄棒が設置されている。

鉄棒の横には、トイレの標識のように簡易化された姿で描かれた男女が鉄棒につかまり、えげつない体位でセックスをしているイラストを載せた看板がついている。

イラストの横には、使い方は無限大!と書かれている。

 

28ラブホテル ベッドルーム 昼(回想)

麻奈美 「あったあった。面白すぎるでしょ」

大河 「使ってみる?」

麻奈美 「嫌です~」

麻奈美、そう言いながら大河の隣に腰掛ける。

麻奈美、大河の煙草を一つとり、吸い始める。

テレビからはまだ先ほどの事件についての議論が繰り広げられている様子が聞こえてくる。

麻奈美 「これ怖いよね。家族連れの多い住宅街だったんでしょ」

  大河、少し表情を曇らせながら

大河 「みたいだね」

麻奈美、急に神妙な面持ちになる。

少し照れたようにうつむく。

麻奈美 「前にさ、うちに変な宗教の人が勧誘に来てね」

大河、驚きで目を見開く。

麻奈美はうつむいたまま続ける。

麻奈美 「何回か来たことある人たちだと思うんだけど、私いつもすぐにことわっててね、でもその時はぐいぐい来る人で断る前に強引に話進められちゃって」

大河、引きつった顔に無理矢理愛想笑いを浮かべる。

大河、再び髪を弄り始める。

麻奈美 「変な本持ってね、犯罪も病気もない平和な世界を望んだことはありますかって聞かれて」

大河、髪を弄る手に力がこもる。

麻奈美 「本開いて中身見せて来てね、なんかすごく胡散臭い笑顔した人たちが楽園みたいなとこで楽しそうに過ごしてるの。めちゃくちゃ馬鹿らしくてさ。私たちの神様は教えを守る人たちを愛しているから、いつかこうした世界を与えてくれるって」

大河、愛想笑いがさらに引きつる。

でこのあたりに汗をかいているのか、それを拭う動作を何度も繰り返す。

麻奈美 「その時はほんとに馬鹿らしくて、急いでるからって逃げてきたんだけどね。今日ニュース見て思い出しちゃって。今ならあんなばかげたこと信じてるあの人たちの事、何となく理解できる気がする」

咄嗟に麻奈美の方を見た大河の目には、強い動揺が走っている。

大河の手が震えている。

麻奈美の喉が動く。

大河、咄嗟にベッドから跳ね起き

大河 「ごめん、くそ腹痛くなってきた(笑)出してくるわ」

無理におどける大河だが、額には汗がにじんでいる。

麻奈美、噴き出す。

先ほどの表情とは一変、いたずらっぽく笑いながら

麻奈美 「最悪(笑)。早く行ってきて」

大河 「ごめんごめん。そっこーで出してくるわ」

大河、そういいながらトイレに向かう。

 

29同 洗面所 昼

排水溝に水が吸い込まれていく。

大河が洗面所で手を洗っている。

大河、ふと鏡を見る。

大河、鏡をじっと見つめる。

いつの間にか、大河の後ろに麻奈美が立っている。

麻奈美がゆっくりと大河に近づいてくる。

大河の身体に絡みつく麻奈美。

麻奈美がゆっくりと大河の口に手を近づけて行く。

麻奈美の手には目玉が握られている。

麻奈美、大河の口に目玉を押し込む。

呆然とされるがままになっている大河。

目玉を押し込む麻奈美の手。

手入れされた爪と、少し荒れた手。

大河がふと我に返ると、麻奈美の姿はない。

蛇口から水が流れ続けている。

 

30公園 ベンチ 昼 晴れ

古谷 「で、今ワンピース作ってるらしくてさ、ワンピースってさすがに全体写さなきゃじゃん?だからどうなるか楽しみにしてんだよ」

大河、ふと我に返り返事をする。

大河 「まじか」

古谷、少しこばかにした感じで

古谷 「ぜってえ聞いてねえだろ」

大河 「聞いてるわ。おっさんがワンピース着てインスタに写真あげてんだろ?」

古谷 「ちょっと違うね君」

大河 「あら」

古谷 「あらじゃねえよ」

大河 「すまんすまん。てかそろそろ撮影再開しね?」

古谷 「だね。俺桜木さん呼んでくるわ」

古谷がベンチを離れる。

大河は、また考え込むような表情をする。

 

31道 夕方 晴れ

大河が道を歩いている。

道に街灯が立っている。

左右に電灯が付いた街灯は、どことなく子宮の形に見える。

街灯の前で足を止める大河。

大河、街灯をじっと見つめる。

どこかから囁き声が聞こえてくる。

囁き声 「お帰り」

囁き声2 「お帰りなさい」

そこら中から囁き声が聞こえてくる。

無数のクスクスという笑い声も聞こえてくる。

声は無数に反響する。

囁き声3 「お帰り」

囁き声4 「ここが地の底」

囁き声5 「底の底」

囁き声6 「踊れ」

囁き声7 「踊れ踊れ」

囁き声8 「戻ってきたね」

囁き声10 「おかえり」

大河、じっと街灯を見つめている。

いつの間にか大河の真後ろにナナツメが立っている。

大河の耳元で囁くナナツメ。

ナナツメ 「ひさしぶり」

 

32大河のアパート 部屋 朝

大河が目を開ける。

カーテンの隙間から強烈な朝陽が差し込んでいる。

大河、だるそうに枕もとのスマホに手を伸ばし、時間を確認する。

スマホの時計は『10:12』と表示されている。

大河、だるそうに目をつぶる。

 

33港 夕方 晴れ(大河の夢)

うだるような熱気を含んだオレンジに照らされた汚い海。

吐き気を催すほどうるさい蝉の鳴き声。

 

×××

大河のアパートの部屋。

ベッドで寝ている大河が目を開ける。

ぼんやりと、カーテンの隙間から入ってくる光が見える。

大河、再び目をつむる。

 

34白瀬家 リビング 昼(大河の夢)

カーテンから差し込む柔らかい光が部屋中の輪郭を曖昧にしている。

こちらに背を向けるようにして床に座る優子。

赤ん坊を抱いてあやしているようい見えるが、優子に隠れてよく見えない。

優子 「その事件がね、妊娠中にあったの。それで私はクリスチャンになろうって決めたの。あなたには、幸せでいてほしいから」

優子がゆっくりとこちらに振り返る。

優子の目には包帯が巻かれ、両目のあたりから血がにじんでいる。

包帯が巻かれた眉間のあたりには、目が一つ描かれている。

優子が振り向いた拍子に、彼女が抱いていたものが見える。

両目がくりぬかれた赤ん坊の人形が、優子の腕に抱かれている。

優子の片手には、包帯が握られている。

優子の膝の上には、その人形のものと思われる目玉が二つ転がっている。

 

×××

大河のアパートの部屋。

ベッドで寝ている大河が目を開ける。

ぼんやりと、カーテンの隙間から入ってくる光が見える。

大河、再び目をつむる。

 

35道 昼 晴れ(大河の夢)

大河(7)が道端でひざまずきながら両耳を抑えている。

無数の囁き声、そして声を潜めた笑いが聞こえる。

大河の前方には六人の男女(皆小学校低学年ほど)が大河を見下ろすように立っている。

皆顔を黒い布で覆っている。

彼らの顔の布には、人によって差はあるが、皆少なくとも二つ以上の目が描かれている。

黒布男1 「変なの」

黒布女1 「なんで手合わせないのかな」

黒布女2 「この前スーツ着て歩いてるの見たよ」

黒布男2 「前うちに来てたよ~」

笑い声が無数に反響する。

 

×××

大河のアパートの部屋。

ベッドで寝ている大河が目を開ける。

ぼんやりと、カーテンの隙間から入ってくる光が見える。

大河、再び目をつむる。

 

36教会 講堂内 昼(大河の夢)

マリアを描いた美しいステンドグラスを通して、色とりどりの光が構内に差し込んでいる。

ステンドグラスの真下に位置する舞台には、大きな十字架が立っている。

中学校の制服を着た大河(14)が、マリアと十字架を見上げながら立ち尽くしている。

その美しさに見惚れ、呆けた表情でひたすらに見つめ続ける大河。

神父 「え?」

大河、その声にはっとし正面に向き直る。

大河の正面には、神父(47)が驚いたような表情で大河を見つめている。

神父 「君、あの教団の信者なのかい?」

神父、蔑んだような目つきになり、馬鹿にしたように鼻をならす。

ステンドグラスに描かれたマリアが大河を見下ろしているように見える。

 

×××

大河のアパートの部屋。

ベッドで寝ている大河が目を開ける。

ぼんやりと、カーテンの隙間から入ってくる光が見える。

大河、再び目をつむる。

 

37草原 早朝 晴れ(大河の夢)

辺り一面の草原と、雲一つない青空。

高校の制服を着た大河(17)が呆然と立ち尽くしている。

大河の足元には、同じ制服を着た結希(17)が倒れている。

結希の口元にはぬめりを帯びた目玉が三つ転がっている。

大河の喉が動く。

大河の口がもごもごと動く。

大河、恐る恐る口元に手を当てる。

 

×××

大河のアパートの部屋。

ベッドで寝ている大河が目を開ける。

ぼんやりと、カーテンの隙間から入ってくる光が見える。

大河、再び目をつむる。

 

38公園 屋根付きのベンチ 夕方 晴れ(大河の夢)

屋根の梁のところに、ベルトが輪を作ってぶら下げてある。

 

×××

大河のアパートの部屋。

ベッドで寝ていた大河がだるそうに目を開ける。

枕もとのスマホの通知音が鳴る。

大河がスマホを確認すると『仕事終わったー!』『今から帰る!』という杏からのラインの通知が表示されている。

スマホの時計は『19:48』を表示している。

大河、ゆっくりと起き上がる。

枕もとのあった煙草を手に取り、だるそうに火をつける。

大河、ふと前方の何かに目をとめる。

立ち上がり、本棚の上にある写真立てを手に取る。

写真立ての隣には頭でっかちのゾンビが置いてある。

写真には、楽しそうな笑顔の杏と大河。

大河、写真をじっと見つめる。

杏の笑顔。

杏の目。

大河、自分の手首に入っている目のタトゥーを見る。

少しほほ笑む大河。

大河、机の上の開きっぱなしになったPCを見て、再起動する。

灰皿を取りにキッチンに向かう大河。

PCが再起動し、写真編集ソフトが表示される。

そこには編集中の桜木の写真が写っている。

桜木の腕には『Who cares?』のタトゥー。

 

39同 風呂 夜

浴槽の排水溝に水が流れ続けている。

蛇口をひねる音がして、シャワーの音が止む。

誰かが浴槽から出る音が聞こえる。

浴槽に残った水が、排水溝に吸い込まれていく。

 

40同 部屋 夜

スマホの画面に、ホオジロザメがジャンプして獲物を捕らえる臨場感あふれる映像が映し出されている。

学者の声 「うおおおお。これだよ。これがみたかったんだよ!」

スマホからは学者(40)の興奮した声が聞こえる。

ベッドに座り、目を丸くしてスマホを見つめる杏。

そこへタオルで頭を拭きながら大河がやってくる。

杏、スマホから目を離さず

杏 「お帰り~」

大河 「シャンプーの台もうだめだわ。吸盤死んでる」

大河、そう言いながら杏の横に座り、杏の肩に頭を乗せる。

杏 「あれね~」

杏、そういいながらもスマホから目を離さない。

大河、杏のスマホを覗き込む。

スマホからは学者の興奮した声が聞こえる。

大河 「でた(笑)好きだねえ」

杏 「動物のドキュメンタリーってずっと観てられることない?」

大河 「このおっさんうるせえな(笑)」

杏 「ずっと興奮してる(笑)」

動画は、ホオジロザメの歯の詳細を紹介するシーンになっている。

学者の声 「こののこぎりのような歯を見てください。これで肉を引き裂かれる獲物の気持ちを想像すると……。いやあ、たまらない」

学者が感極まった声で話している。

大河 「ただの変態じゃん」

杏 「やばいよね(笑)」

スマホからはいまだに興奮した男の声が聞こえてくる。

大河 「まじでうるせえな(笑)」

杏 「でもさ、やっぱ動物ってすごくない?人間も。やっぱ誰か作った人がいるよね」

大河、ぎょっとして杏を見る。

杏はお構いなく話し続けている。

大河、ゆっくりと杏の肩から頭を離す。

大河、杏のスマホを持つ手が目にとまる。

少し荒れている。

どこかから囁き声が聞こえてくる。

いつの間にか大河の後ろにナナツメが座っている。

大河の耳元で何か囁くナナツメ。

大河の視線の先には杏の喉。

大河の喉が動く。

杏 「ねえてかさ、いったっけ?ことまた新しい彼氏できたって」

杏が少し呆れたように言う。

大河、ふと我に返り曖昧に返事をする。

ナナツメは消えている。

 

×××

大河と杏がベッドで寝ている。

大河、仰向けになり天井を見つめてい     る。

 

41草原 早朝 晴れ(回想)

草原に、青いワンピースを着た優子が立っている。

優子の目には包帯が巻かれ、両目の位置から血がにじみ出している。

優子は微笑みながら片手を上げている。

優子の手のひらには目が描かれている。

大河が優子の前にひざまずき、呆然としている。

大河、何かに気づき後ろを振り返る。

大河の後ろには、麻奈美、梨佳子(22)、結希(17)、麻央(33)、が立っている。

四人とも無表情で立っている。

大河、四人を呆然と見つめる。

四人の喉が一斉に動き、口から目玉が出てくる。

大河の呼吸が荒くなる。

ふと、大河が優子の方に向き直ると、いつの間にか杏が立っている。

杏の喉が動く。

大河、目を見開く。

 

42大河のアパート 部屋 夜

大河、隣で寝ている杏を見つめる。

起き上がり、机の方へ歩いていき、机の上のカッターナイフを取る。

ベッドに戻り、近くにライターでカッターナイフの刃をあぶる。

火が消える。

大河、何度か同じ動作を繰り返した後、手首にカッターナイフの刃を当てる。

杏 「なんかあった?」

いつの間にか杏が目を覚ましている。

大河は何も言わない。

杏が横になったまま、大河をそっと抱きしめる。

杏 「思い出しちゃってた?」

大河 「ん?ああ、ううん」

大河、笑っているような泣いているような曖昧な表情を浮かべ言葉を濁す。

杏、大河を抱く腕に力をこめ、大河の腰のあたりに顔をうずめる。

大河、少し杏の頭をなでるが、すぐにカッターナイフに視線を戻す。

じっとカッターナイフを見つめる大河。

 

43住宅街 昼(大河の夢)

規則正しく立ち並ぶ住宅街。

 

44白瀬家 階段 昼(大河の夢)

白瀬家に続く階段。

 

45白瀬家 玄関前 昼(大河の夢)

扉。

ドアノブ。

 

46白瀬家 廊下 昼(大河の夢)

長く伸びる廊下。

 

47白瀬家 リビング 昼(大河の夢)

リビングのソファに優子が座っている。

優子の両目は包帯でふさがれ、両目の位置から血がにじみ出ている。

包帯の真ん中には目が描かれている。

優子の前に立つ大河の手には、バットが握られている。

優子、嫌な笑いを浮かべて

優子 「あなたは、いつまでも……」

優子が言いきらないうちに大河がバットで優子の頭を思い切り殴りつける。

床に倒れる優子。

大河が優子の頭を踏みつける。

思い切り力をこめ、何度も何度も。

ぐちゃっという音がして、大河が足を止める。

優子だったものを見つめる大河。

大河の足元へ、目玉が転がってくる。

大河、目玉を思い切り踏みつける。

またもぐちゃっという音がする。

大河、それでも何度か踏みつける。

目玉がぺちゃんこになったのを確認して、ようやく足を止める大河。

足元を見つめ、安堵した表情になる。

 

48住宅街 道 昼(大河の夢)

住宅が並ぶ道。

大河が歩いている。

左側に十字架がかかげられた建物が見える。

大河、うつむくが、ちらちらとそちらを見る。

道端に六人の男女(全て20代)が立っている。

全員がランドセルを背負っている。

皆一様に顔を黒い布で隠している。

彼らの顔の布には、人によって差はあるが、皆少なくとも二つ以上の目が描かれている。

皆一様に大河の方を見て、お互いの耳元で何か囁き合っている。

囁きと共に、クスクスという笑い声も聞こえてくる。

黒布男1 「カルトだよ」

黒布女1 「洗脳されてるんだって」

黒布女2 「不思議な子だったよ」

黒布男2 「胡散臭いやつだよね」

黒布女3 「こわーい」

黒布男3 「カルトってオウムみたいな?」

黒布男1 「変なの」

大河の歩調が早くなる。

十字架の建物の前を足早に通り抜ける。

大河、歩調を緩めることなくしばらく歩く。

十字架の建物からだいぶ距離が出来たところで歩調を緩める大河。

うつむきながら歩き続ける。

 

49大河のアパート 玄関 夜(大河の夢)

大河が帰ってくると、笑顔で杏が迎え    る。

大河、安堵したように笑みを浮かべる   。

 

50同 キッチン 夜(大河の夢)

杏が料理を作りながら楽しそうに喋っている。

杏の近くに立ち、煙草を吸いながら話を聞く大河。

杏 「今日駅でさ、若いお父さんたちが自分の子供たち必死であやしてて、めっちゃかわいかったの」

大河 「いいお父さんですねえ」

杏 「ほんとかわいくてさ、こっちまで幸せな気分になったよ。早く子供欲しいな~」

大河 「頑張って稼ぎます(笑)」

杏 「ほんとだよ~。でもさ、赤ちゃんってやっぱ両親を選んで生まれてきてくれてると思わない?」

大河、ぎょっとする。

大河 「選べないでしょ」

杏 「でもさ、そう思となんか嬉しくない?」

大河 「俺は選んで生まれたとは思わんよ」

杏 「でもさ、神様がいて、赤ちゃんに誰の元に生まれたいって聞いて、みんなこの人達がいいって選んで生まれてきてくれてるかもよ?」

大河、呼吸が荒くなる。

大河 「虐待するやつとかネグレクトになるやつのところでも?」

杏、少し語調を強める。

杏 「それでもきっと神様も赤ちゃんも考えがあるんだよ。その人でなきゃいけない理由とかさ」

大河 「そんな理由ないでしょ」

いつの間にか杏の横に優子が立っている。

優子の目には包帯が巻かれ、両目の位置から血がにじみ出ている。

優子が微笑みながら片手を上げている。

優子の手のひらには目がある。

杏は喋り続けている。

大河、パニックを起こしたように優子を見つめる。

 

51大河のアパート 部屋 夜

眠っている大河が急に目を開く。

呼吸が荒い。

額に大量の汗をかいている。

隣に寝ているはずの杏の姿がない。

大河、ふとデジタル目覚まし時計を見る。

目覚まし時計は00:00と表示されている。

大河、目覚まし時計を何度か踏みつけ、蹴り飛ばす。

いきなり笑い声があがる。

大河が声の方を見ると、いつの間にかナナツメが立っている。

ナナツメ、大河を馬鹿にするように笑っている。

大河、ナナツメを睨む。

ナナツメ、急に笑うのをやめどこかを指さす。

大河、ナナツメがさした場所に視線を向ける。

そこには、大河と杏の写真を納めた写真立てとカッターナイフが置いてある。

大河、カッターナイフを見つめたまま、落ち着き始める。

呼吸が整っていく。

安堵したような表情になる大河。

×××

床に血が流れ始める。

血は瞬く間に床に広がっていく。

 

END


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