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イベントレポート「登美彦氏、『千一夜物語』に分け入る」

2019年2月11日に開催された対談イベント
「登美彦氏、『千一夜物語』に分け入る」

国立民族学博物館にて、西尾哲夫先生に導かれてアラビアンナイトの世界に迷い混みました。

悪筆メモと記憶を頼りに記述したものをTwitterに連投したのですが、当時は隠していたものを加筆・修正を加えて記述しています。『熱帯』未読のかたはネタバレ満載なので読まないでください。個人の読書体験は人権の次に尊重されるものです。

㊟ 簡略化した部分が多く、また実際の語調とは異なります。

写真:スケザネ氏

質問「なぜマルドリュス版なのか?」

連載を中断している間に『熱帯』という本について考え続けていた。父親と妹と一緒に古本市に行き、父親が見つけたのが岩波書店『千一夜物語』。

登美彦氏「『熱帯』は『千一夜物語』からきているのでは!?」

その時、『熱帯』を完成させられそうだと思ったそうな。 


『熱帯』の感想を問われた西尾先生

「楽しみにしていた。ネモあたりで眠くなって眠ってしまったんですれけど」

緊張顔の登美彦氏。ニッてされていた。

「対談に際して読み通した。生き延びなければ…物語を語っていくのが人生だ…涙した。久しぶりに小説で感動した」

前のめりになり過ぎたのか、椅子から落ちそうになる登美彦氏。 


西尾先生はマルドリュスの遺品を所有している。

「物語は面白いけれど訳者としての評価は高くない。エンターテイメントとしてかなり変えている」

しかし、受け継がれるように変わっていくことがアラビアンナイトであり、マルドリュス、ガランこそアラビアンナイトの正統な後継者であると西尾先生。 

写真:スケザネ氏

正確な翻訳は学術的に意味がある。しかし併せて見えていくのが本来のアラビアンナイトの役割。

西尾先生「『熱帯』はこの役割に挑戦してもらった。入れ子構造という現代小説の作法で挑戦した、ひとつの奇跡ではないかと」

登美彦氏のお父上はアラビアンナイトがお好き。執筆のためにいろいろと読んだが、最初に出会ったマルドリュス版が一番おもしろく読めたという登美彦氏。


西尾先生「マルドリュス版はテーマに沿って読みやすい。ガラン版は日本に入って来なかった。夏前には出版したい」

マルドリュス版には『千一夜物語』に入っていない資料が実在する。『熱帯』みたいな話である。

登美彦氏「…聞いてないですよね?」

アラビアンナイトは不思議いっぱいである。


最古のアラビアンナイトは、売買を記録した紙の裏にあった『千一夜物語』とはどんな物語かを書いたもの。アラビアンナイトもコーランと同じく非常に古い資料である。

写真:スケザネ氏

シリア正教会所蔵の最古のシンドバット物語があったが、現在は爆撃により焼失。デジタル化されているのでデータは存在する。 

アラビアンナイトの差異一覧。

マルドリュスは一番うまく最後をまとめている。あっぱれと西尾先生。

プーラーク版というのは日本に入ってきていない(日本語に翻訳されていない)が、国会図書館にはたくさんあるそう。

西尾先生「ご存じでしたか?」
登美彦氏「そうでしたか」

日本に入ってきたアラビアンナイトの話へ。

とても大きい『暴夜物語』の挿絵は石版刷りの初期のものだが、もとになったアラビアンナイトの挿絵は不明。どんどん不思議が増えていく。

『全世界一大奇書』は森見さんの本より売れたかもと笑う西尾先生。明治の文豪はみんな読んでいたそうな。 

担当さん「どこが一番こころひかれました?」

登美彦氏「ど…どこが?」

担当さん「結末の違いは気になりますよね?」

登美彦氏「これ(アラビアンナイト一覧表)を初めて見せてもらったんで…」

なかなかまとまらない登美彦氏。それに対して江戸川乱歩の結末を語りさらにアラビアンナイトを広げる西尾先生。

担当さん「心ひかれたところは?(2回目)」

登美彦氏「いろいろありまして、あの…一番根本は『熱帯』は小説についての小説だから、自分が小説を書く、あるいは読んで解釈することはどういうことなのか考えて『熱帯』に持ち込もうと。『千一夜物語』は本当に確定していなくて……辿れば辿るほどもやもやして、小説を読んだ人の数だけ、数が増えていく。小説の内側と外側で(この感覚を)組み合わせられないだろうかと。(千一夜物語の)成り立ち、構造と歴史が面白かったですね」

なぜこんなにアラビアンナイトは読まれているのか?

西尾先生「著作権がないから!著作権は大事だよ。ないから自由に創作活動に使える。入れ子構造でどんどん増やしていける。シェヘラザードの存在がゼロなのも。だからこそ語り部として機能している」

普遍的な所が読み継がれていく所以であると西尾先生。


西尾先生「人間同士の複雑な関係をどこまで書くのか、ある秘密を人と人を繋げ合わせてあらわしてくれるのが作家の役割なんだが。(物語は)自分の人生を考えさせてくれないと。『熱帯』は、何回もむこうに行って自分に戻ってどう生きれば良いか考えた。誉めすぎた笑」

登美彦氏「恐縮でございます」 

担当さん「『熱帯』は読書体験が特別であったとよく聞きますね」

登美彦氏「上手くいってない所もあるので…」

沈黙読書会主催者の語り「……そうすると、世界の中心にある謎のカタマリ、真っ黒な月みたいなものが浮かんでくる気がしない?」に対して、『熱帯』はそこまでいっていないと言う登美彦氏。 


「ピチッとこういうことですとわかってしまったら物足りない。狭い解釈では終わらない小説にしたい。我々が生きている外側にある小説。作者が全部わかってなきゃいけないと考える人もいる。僕はわかってなくても良いと思っている。いい加減に書いてるわけじゃないんですけど」と笑う登美彦氏。


担当さん「それは読者としても?」

登美彦氏「だいぶ自分勝手に読んでいますね」

小説自体の意図は無視できないけれど、それよりもその小説が自分にどういう意味があるかを大事にする登美彦氏。

登美彦氏「マルドリュス版が面白いとおもったから自分の小説に流れ込んでくる」

西尾哲夫先生がみんぱくに実在したことが嬉しかった登美彦氏。

西尾先生「作家のクリエイティブな不思議。私のような人が出てきて語っていないことが書いてある。勝手に想像しやがって!妻にチヨさんて誰?なんて聞かれて笑。森見さんの想像なんだけど、私の人生を見透かされているというか…」 

写真:スケザネ氏

こなれないものは使えない登美彦氏。

伊坂幸太郎氏が「冷蔵庫の中に入れておいたクタッとした野菜でしか(小説を)作れない」と言っていたけれど自分に近い感覚と。

登美彦氏「小説を書くにあたっては、自分の頭の中にこだわるほうだと」

西尾先生「国会図書館に勤めていたのだって役立っていないと」


「汝にかかわりなきことを語るなかれ」

この言葉は登美彦氏が自分に言い聞かせるための戒めであった。

登美彦氏「無理に書こうとすると自分に関係ないことが流れてくる。潜り込めないというか」


担当さん「西尾先生はモデルにしたわけではなくて、佐山は太陽の塔の近くでもう一度不思議な体験をする。千一夜物語と離れなくてやっぱりみんぱくですねと。…連載時に西尾先生て実在の先生がいらっしゃるんですか!と聞いたんですけれど」

登美彦氏「西尾先生に許可を得たくて…佐山に太陽の塔で働いてほしくて…そういう時って嬉しくて!現実の世界と自分の書いた世界が繋がるというか。有頂天家族でもあって…繋がっているなあと」

西尾先生「人間がもつ物語という能力はあるのかもしれない」

違う文化圏に受け入れられる物語というものは難しいものだろうが、日本に留まらず人類に届くような作家が出てきてくれないかと思っている西尾先生。

これは登美彦氏へのエールだろうか?

登美彦氏「ちょっと今の話はすごかったなあ」

いや…その…西尾先生は登美彦氏に期待されているんじゃないかしらと思うのですが。

登美彦氏「『熱帯』は完成させられないかもという感じだった。この執筆方法で突き詰めるのはさんざんやったので、他のルートを探していかないと大変なことになってしまう…いいルートが見つかれ良いな。こういうふうにやっていきたいなと考えていることはあるんですけれど。いつか…」


四畳半から世界を創り出す作家、森見登美彦
物語から世界を俯瞰する言語学者、西尾哲夫

『千一夜物語』、国立民族学博物館、万博記念公園、太陽の塔、そして作家が自身の土俵を広げようと挑んだ『熱帯』。様々な偶然が結びつき奇跡的に実現した対談に、私は参加できたのです。 

写真:スケザネ氏

少し前に知った「入れ子構造」という言葉。
いまいちこなれなかったが、この日にお近づきになれたような気がする。

以上、対談レポートでした。



今月末に『熱帯』のオンライン読書会が開催されます。『熱帯』に魅了された方は同行いただけると幸いです。

日時 : 2022年4月29日(金)20:30 〜 22:15
申込締切:2022年4月26日(火)23:55
課題本 : 『熱帯』
ゲスト : 渡辺祐真(スケザネ)
主催 : 猫町倶楽部

スケザネさん、写真の使用を許可していただきありがとうございました。



2019年7月に西尾哲夫先生が出版された
『ガラン版千一夜物語』岩波書店
森見登美彦氏が推薦のことばを寄せられているので気になる方は下記リンクからどうぞ。


たいだんのあとにシャーロック・ホームズのがいせんというほんをことし(2019)のあきにだすよといわれたきがするけれどきのせいかきおくのかいざんかもしれません。

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