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ブルワーという職業

ビール醸造士に転職から2年半(2020年時)が経って日々思うことについて綴ります。
この職業に興味を持つ若い人へのヒントになればと思っています。

※有料記事も書いてます。全額寄付しますので、興味ありましたら読んでください。自分のアウトプット力と世の中に少しでも役立つようにゆるく頑張ってます。

家業が酒造や酒屋関係でもない限り、20歳を前にこの世界を目指す人はほとんど居ないはずの少し特殊な職業です。
実際に、この業界は別の仕事をしていた人が非常に多い印象です。

IT関係、建設、不動産、バンドマン、DJなんかも。
ちなみの僕はホームセンターの社員でした。

新卒として前職に就いたときには、既にブルワーになりたかったので、ブルワーに必要なスキルを獲得することを意識して仕事をしていました。意外かもしれませんがホームセンターで得られる知識と経験はブルワーの仕事でめちゃくちゃ役に立っています。

農業、建築、資材、DIY、経営、心理、挙げればキリがないです。

ブルワーに転職して初日の仕事は、麦芽粉砕室の床と壁の5mmほどの隙間をシリコンシーラント(穴埋めパテみたいなもの)で埋めて、侵入してくる結露の水を防ぐことでした。職場の靴置き場、収納ラック、安全対策なども少ない予算でDIYしました。どんな仕事も必ず活きる場面はあると思います。

さて、本題に戻ります。
この仕事を目指している人の目に触れることを願って夢と現実を綴ります。

目次
・仕事内容
・収入
・適正とスキル


・仕事内容
ズバリ「掃除」

多くの醸造所の求人に書いている通り、本当に整理・整頓・清掃・清潔が大事です。
ホームセンターの新入社員研修でもこの4S(整理・整頓・清掃・清潔:以下4Sに省略)に「しつけ」を加えて、5Sなどと教わった記憶があります。実際にめちゃくちゃ大事です。必要な備品がすぐに誰でもどこにあるか整頓されていない職場は作業効率が落ちます。想像できますよね。

「こんなの意識でしょ?」と思われるかもしれませんが、その考え方は部活の根性論とたいして違いはないと思っています。何度も同じ失敗をする人は毎回「すみませんでした。」「気をつけます。」と言いがちです。上司の「次は気をつけろよ。」も何度も同じ失敗をするやつには、ほとんど効果がありませんし、その上司も「無能」と思われても仕方がありません。

結論から申し上げますと、4Sは「仕組み」です。

4Sどころか、この世のほとんどの問題は「仕組み」にあります。
仕組み=法律、プログラム、オペレーション、ルール、決め事、など色々な呼び方がありますが、総称して全部「仕組み」です。

この「仕組み」をほとんど完璧に構築したうえでも、100%上手くいくなんてことはその仕組みを人間が考え、人間が従う以上、ありえないことです。人間はどんなに気をつけていようが失敗します。しかしながら、仕組みをちゃんと整備すれば、守れる人、守れない人の評価を行うことができます。まともな「仕組み」が構築されていない状態では「評価」なんかできやしません。ただの「無法地帯」です。なんでもあり。何が悪いのか分からない。価値観はみんな違う。ある意味(はき違えた)自由。やりたい放題。


当たり前のこと言っているのですが、これが意外に多くの組織でできていないのです。

さあ、ブルワリーの話に軌道修正しますが、醸造士・ブルワーの業務の9割以上が4Sにかかわることです。
基本的に「意識」という言葉は好きではありませんがが、基本意識や当事者意識のようなものは大事です。

いつだって「仕組み」を疑ってかからなければなりません。

とても便利な考え方があります。いつも何から始めたらよいのか分からない方は、いつでも呪文のように頭で唱えて、覚えておいた方が良いでしょう。
「PDCAサイクル」とか言われたりしますが、もっと簡単なのが「観察→分析→判断」です。
どんなものかと言うとこの通りです。

①まずは、現存の仕組みやルールに従ってやってみる→例:言われた掃除をしっかりやる
②今の仕組みに問題がないか観察する→例:やる人によってクオリティが違うことに気づく(観察)
③問題を見つけたらなぜこのような問題が発生するのか分析する→例:人によってOKの度合い・程度が違う(分析)
④その問題が起きない仕組みを考えて実行する→例:完璧に行われた状態を写真に収めて、それをもとにチェックリストをつけて、別の者が評価をつける仕組みにする(判断)

※あくまで一例。実務はより細部を詰めます。

このように、「観察→分析→判断」を続けていくことが大事です。PDCAとほとんど同じですが、こっちの方が日本語だから覚えやすいと思います。個人的に。

仕事内容について

要約すると、ブルワリーの9割の仕事は次の通りです。
①掃除する・させる
②仕組みを作る・整える
③守る・守らせる

これができない人は厳しい言い方ですが、才能が無いので辞めた方が良いです。厳しい言い方ですが、食品衛生にたずさわる責務・責任を甘く見てはいけません。たいていの人は「自分にはできる」と思うかもしれませんが、自分が見てきた部下の中に私の求める水準で「4S」あるいは「5S」が最初からできた人はいません。その後、できた人もほんの一握りです。具体的に挙げると1-2割程度です。もちろん、緩い環境もあるかもしれませんが、それはプロフェッショナルの仕事ではないと思っています。

家が汚くったって、職場で上手くやれば問題はありません。
ただ、私生活で部屋がゴミ屋敷みたいな人間は仕事でも上手くできないことが多いようです。そんな人たちを知っているので分かります。ある人はトイレに行ったあとに手も洗いません。ある人は使ったハンドペーパーをごみ箱に捨てず、そこら中に放置する輩もいます(結構多い)。ある人はマスクや衛生手袋もせず、私語をしながらパッケージング(缶・瓶詰め)を行ないます(唾が入るかもしれないし、汚染が発生するかもしれない)。

残念ながらそんな醸造士もいます。衛生にかかわる仕事にもかかわらず責任やリスクを軽視している人たちを何人も見てきました。
責任感のある経営者や醸造責任者ならば、そのような人たちには「作り」を教えることも、大事な作業を任せることもないでしょう(実際は人手不足から実力がなくとも、責任感がなくともやらせてしまっているブルワリーもあるのは由々しき状況)。

後に説明する適正の項目でもお伝えしますが、まずはこの「4S」あるいは「5S」と「仕組み」について当事者意識を持ってできるかできないかが最初の適正試験みたいなものなんじゃないかと思っています。完全に持論ですが、これができないのに活躍できる仕事って一気に選択肢が少なくなる気がします。協調性や論理思考とか色んなスキルに関係してきますよね。

これができない人は、ビールづくりもうまくいかないと思います。ビール造りは単純な化学反応だけでは成り立っていません。不確実要素のある、酵母という小さな小さな目に見えない生物の反応を介しているので、全てがうまく制御できるとは限らないのです。日々、観察、分析をし、正しい判断を繰り返して、良いものに近づけていく、そんな地味な改善の繰り返しを日々こなしていく仕事です。

突発的に工場に社外の人が来社したときに慌ててしまうブルワリー、ブルワーは、まずは「お客様に見られて恥ずかしい状態」改善し、ガラス張りでも堂々と見せられる水準を維持していきたいですね(自戒を込めて)。

残りの1割の仕事に『醸造』『酒税関連』『経営・マーケティング』『設備関連』など様々あります。
本当にまだまだ色々ありますが、レシピを書いたり、麦芽を粉砕したり、麦芽のカスを取り出したり、麦汁の煮沸をしたり、完成したビールに名前を付けたりなんてことは、全体の中では本当に一瞬の出来事です。
そもそもそのポジションに就くまでは地味な作業や雑用の繰り返しです。
単純作業を繰り返す日々の中で、いつしか主体性を失い、機械の一部のように言われたことだけしかやらない日が何日も続いたら、もう「お前は死んでいる」状態です。どんなに悔しい日々が続いても、必ずチャンスがやってきます。やってくるというか、掴みに行けと思いますが、上司を抜くつもりで「観察→分析→判断」を続けてもらいたいです。

手前味噌ではありますが、僕はこれを続けて1年と350日で、年間100KL以上の出荷実績があるブルワリーのヘッドブルワーになりました。


・収入
めちゃくちゃ低いです。
前職のホームセンターの社員の年収と比較すると綺麗に半分くらいになりました。
中にはある程度のお給料を頂けるところもあるのかもしれませんが、僕の周りの同年代のブルワー(20代後半~30代前半)では、高卒の初任給くらいだったり、良くて大学の初任給くらいだったりで、決してお金になる仕事ではないと思います。

普通の製造業は2,3割程度の利益が出るはずですが、ビールと言うのは高い酒税が課せられますので利益は1割程度まで下がります。かなりザックリとした言い方なので異論はあると思いますが、たいてい規模の経済が働いて、かなりの量を売らないと利益が出にくい商売であるというのは間違いではないと思います。税を徴収する人たちは立派なスーツを着ていますが、僕はレンタルスーツで友達の結婚式に出たりしているというのが現実です。

また、上の世代の人は「こんなもんだ」と若手に言い聞かせますが、上の人たちは政治家たちと話し合って、この問題を是正してもらうために働きかけるべきだと思います。そして、どのようにコントロールできる部分にメスを入れていけるかにチャレンジすべきだと思います。

「ブルワーなんてお金にならないよ」と言いますが、家族のために、次の世代のため、業界の未来のために戦うべきだと思います。中には減税を訴えているブルワーもいます。僕はそういったを尊敬しますし、僕もいつか力をつけて、不公平な酒税の「仕組み」をぶっ壊したいと思ってます。小さな意志ですが、その火が消えないように仲間を増やしたいんです。若いブルワーと話すと「こんな時代は僕らで終わりにしよう」と同じように思っている同世代たちが多いので、いつか必ず腐った「仕組み」たちは壊されると思います。

話しが逸れがちですが、本業での収入が多くないなか、副業でメルカリなどをフル活用して稼いでるイマドキの人がいたり、醸造関係のコンサルティングで収入を得ている人がいたりしますが、後者でお金を生むには知識と経験と実績と知名度が必要になりますので、難易度は高くなってきます。僕にはまだ早いので徐々にその準備を進めているところです。

追記2024.06.30
現在は個人事業を行なっており、年間の所得が20万円以上は得られるようになりました。インボイス対応の事業者となり、確定申告なども必要になり、不安定ではありますがそこそこの副収入を得ています。主に書籍販売と醸造作業の委託業務やコンサルティング(あまり使いたくない言葉)をしています。個人事業主を始めてから3年ほどになりますが地道にやっていれば頼ってくれる人も現れます。私は8月から所属する会社が副業禁止のため、しばらく個人事業の方は活動できなくなりますが、確定申告などの税のことや、会計などを嫌でも学ばなければならなくなるので、結構勉強になる(せざるを得ない)と思うので、個人事業の立ち上げはオススメです。腐らずに醸し続けましょうね。

雇われブルワーは決して裕福な職業ではありませんが、独立してオーナーブルワーになる、あるいは副業でコンサルティングなどの道に進むなど、稼ぐ方法はあるにはあるので、絶望的なものではないということだけは言っておきます。何事も、意欲と努力次第ではないでしょうか。


・適正とスキル

先ほども申し上げた通りです。まとめると3つ。

①「4S」と「仕組み」
これをうまく回せる能力が前提条件。後からでも充分養えます。

②「観察→分析→判断」
これが意識的にでも、無意識的にでもできる能力も必要です。他の仕事でも必要。問題解決のためのスキーム・ツールならPDCAでもなんでも良い。

③「当事者意識」
これがない人は土俵にも立っていない。いわゆる指示待ち人間。
チャップリンのモダンタイムスで揶揄しているような機械の歯車と変わりがない。替えが効くパーツになってはいけない。

では、本業の「醸造」に必要なスキルは?

①科学的思考・科学的素養
醸造は解明されていないことも多く、研究や論文によって昨日までの常識が覆されることもしばしば。
同じことを続けるのであれば経験と感覚で済むかもしれませんが、うまくいかなくなったときに感覚醸造士は化けの皮が剥がれます。生物、化学、物理、これらを軸に座学の重要性が分かっている醸造士は10年、20年とこの仕事を続けていけると思います。醸造はますます工業的、科学的になっています。今は非科学的なこと、スピリチュアルなこと、不衛生なことや、非科学的なことがまかり通っていても、いつしか古の醸造は淘汰されていくでしょう。何よりビールへの好奇心が、科学にも向かうことを願います。

科学系の大学や専門学校を出た人はやっぱり強いように思えます。一緒に働いているブルワーも何人かが、そういったところの出身者ですが、吸収が早かったり、学校でやったことがあったり、微生物に詳しかったりで、一緒に仕事していて勉強になることが多いです。入り直せるなら、東京農業大学とかに入っていたのかもしれない。ちなみに私は國學院大學の経済学部経営学科会計情報コースのゴリゴリの文系です。逆に、2年間くらい本気で毎日5時間くらい醸造の勉強を続けたら、おおよそのことは理解できますし、上の人にも追いつけるどころか抜けたりもすると思うので、「理系じゃないから」と思う必要はないと思います。

②人間性
クラフトビールに精通しているお客様は、作っている人の人間性やキャラクターを見て、その造りについて認知を深めます。ユーモアのある性格、まじめな性格、挑戦的な性格などなど、良くも悪くもそのパーソナリティが見られ、愛着を持ってもらい、その人のいるブルワリーあるいはその人の作るビールをセットで好きになってもらうということもあることからパーソナリティが大事であるということは説明するまでもありません。飲み手の体調やコンディションで同じビールでも味が違って感じられるように、作り手へのバイアスで印象も変わってくるというのはおそらく無い話ではないのです。パーソナリティについては先天性の性格や後天性の環境や経験なども影響しますし、カリスマ性なんかは後天的には難しいかもしれません。

③設備関係
ビール造りは設備産業なので、設備に係る知識、経験、設備関連会社とのつながりは大事です。当然、お金もかかわってきます。同じような設備でもかかわる業者や、どこの国のものかなどにより、数百、数千万円の差が出たりするでしょう。
実際にブルワリーを自分で設立する際に、最初に直面する問題は施設、設備、お金だと思います。
もちろん、広々とした敷地内で、ハイテクでオートメーションの醸造設備が手に入れば良いのですが、なんせビール醸造にかかわる設備は高いのです。醸造にかかわる設備には釜やタンクだけではなく、排水の処理、ボイラー、配管、電気など様々な設備を相手にしなければいけません。僕も設備関連は強くはありません。もっと勉強しなければならない部分なので、具体的数値があまり示せませんが、多くの先輩ブルワーも、設備にまつわる知識と経験はとても価値のあるものだと言っています。わざわざ学校に通って、設備や電機の勉強をしているブルワーもいて本当に尊敬します。

④感覚・官能
これは本当に1%の努力と99%の才能です。
僕はジアセチルについて一般の方より敏感ですが、DMSはセンサーが弱いことを自覚しています。
ジアセチルについて何それ?と思う方は僕の別の記事を見て頂ければおおむね理解できるかと思います。
味覚の鋭さを調べる方法もあります。テイスターキットのようなものがAmazon等(もしかしたら海外商品)でありますので、舌の味蕾の数を数えて、ある範囲に何個以上あったらハイテイスターみたいな検査方法です。
鏡で自分の舌を良く見ると「◎」このようなものがぽつりぽつりと見えますがこれが味覚センサーの味蕾です。興味のある人は調べてみてください。
飲み手としてはあまり細かい部分は分からない方が幸せに飲めるかもしれませんが、醸造士でオフフレーバーのセンサーが全体的に持ち合わせていないという方はご愁傷様ですとしか言えません。
ジアセチルなんかは日本人の4人に1人が分からないみたいなんで、ジアセチルセンサーのないブルワーは現実に結構たくさんいます。これは一緒に働いていればすぐにどっちか分かります。
一番に遺伝がかかわるものなので、当人は全く悪くないのです。どうにもなりません。

でも、現実、ジアセチルが分からないと美味しくないラガーを美味しいと思って、出荷してしまう可能性もあります。センサーが生まれつき無い人からするとそれはまるで「霊感」のように感じられるでしょう。「本当に霊見えんてんのか?」と同じように「ジアセチル、本当に分かってんのか?」って。今後は機械測定などがメジャーになってくると思うので、科学がカバーしてくれる時代が早く訪れることを願っています。

他にも必要なものは幾つもあるのでしょうが思いつくところ、大事なところは個人的にはこのような感じです。
個人的な意見、主張ですので諸先輩方の目に入ってしまったら、お手柔らかにお願いします。この業界に興味を持つ若い人に向けた内容です。誰かの何かのヒントになれば嬉しいです。

基本的には2020年当時に執筆したときの内容です。
今現在はまた違う考えや意見も多々有りますので、遠くない時期に「ブルワーという職業②」を投稿したいと思います。
2024.06.30現在

長い文章でしたが最後までお読みいただきありがとうございました。
悩み相談や、質問などありましたら、オープンスペースではなくメッセージ頂いても構いませんのでご遠慮なくお送りください。

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