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回転するコルク

 第一座右の銘!  壁にいくつも取り付けられた拡声器から響く号令に続いて、ホイッスルの音が耳を突く。 ホイッスルの音って、硬い「ピーーーー」のなかに少しの「ふぃー」と、かすかな「るるるる……」のニュアンスがあるよな、あれは笛の中で回転するコルクの動きがつくる音なんだろうなあ。 なんてことを考えながら、首をかくんと右に倒す。そのまま左腕を横に伸ばして肘を九十度曲げ、手を下に垂らしたら、手首をぐるぐる回す。膝も曲げてみようかと思ったけれど、もう少し待ってもいいかもしれない。それと

    • 穴の底から

      「記憶にございません」 すり鉢状の空間にわたしの声がひどくひびく。 声はらせんを描いて上へ上へとのぼっていくような気がした。 すり鉢の底に、腰くらいの高さの柵に囲まれて、わたしはひとりで立っている。すこし離れた場所に、わたしをぐるりと取り巻く形で重厚な木の長机がドーナツ状にひとつながりになっている。そのうしろの一段高い位置にまたドーナツ状の長机があって、そのまた一段高い位置に長机があって、またまたうしろの……という調子で、わたしを中心とした同心円を描きながら徐々に高くなる階

      • 球日

         目が覚めてカーテンをあけると、今日は完璧な日曜日だってわかった。空の真ん中でやわらかく光を放つ太陽のむこうに、うっすらと反対がわの家が見える。完璧な日曜日は完璧な球体だから。何を着ても一緒かもしれないけれど、黒いタートルネックのセーターに首を通して、ピンクの円形スカートをはく。鉢植えに水をやらなきゃ。外に出ると、植えたばかりのチューリップの球根も、花期が終わりがけのバラも、芽吹き、葉を茂らせ、枝を伸ばして、あふれんばかりの花をつけていた。でも、色はない。花だけじゃなくて、鉢

        • 入学式の流れ

          「アメリカの女の子ってさぁ、みんな同じ格好してるのよ」 サラダをつつきながらアカリさんは言う。彼女は母の友人で、そのむかし家族の反対を押し切って年下のアメリカ人男性と結婚し、以来ずっとニューヨーク近郊に住んでいる。わたしはニューヨーク観光の拠点として、彼女のうちに泊めてもらっているのだった。 「みーんなロングヘアを垂らしっぱなしで、Tシャツとランニングスパッツ」 そういえばアリスもそんなの着てましたね、と言うと、そうでしょ、とばかりにうなずく。アリスはこの家の一人娘で、日本に

        回転するコルク