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入学式の流れ

「アメリカの女の子ってさぁ、みんな同じ格好してるのよ」
サラダをつつきながらアカリさんは言う。彼女は母の友人で、そのむかし家族の反対を押し切って年下のアメリカ人男性と結婚し、以来ずっとニューヨーク近郊に住んでいる。わたしはニューヨーク観光の拠点として、彼女のうちに泊めてもらっているのだった。
「みーんなロングヘアを垂らしっぱなしで、Tシャツとランニングスパッツ」
そういえばアリスもそんなの着てましたね、と言うと、そうでしょ、とばかりにうなずく。アリスはこの家の一人娘で、日本に訪ねて来たときに何度か会ったことがある。たしか18とか19とか、そのくらいの年ごろのはずだ。
「そういえば今日、入学式なのよ」
はぁ、と返す。アリスの入学式なら、ここでこうしていていいんだろうか。
「ちょうどそろそろ通るころだから、見ていく?」

マンションを出ると歩道は人であふれていた。車の影は一台もなく、ざわざわとお祭りめいた賑わいがそこらじゅうにただよっていて、みんななにかを待っている。フライドポテトやハンバーガーを売るトラック。BBQをしている一団も見える。しらない人がくれた棒つきキャンディをどうしていいかわからないでいると、とつぜん周りの声が大きくなった。みなが口々に大声でしゃべるうえに英語なので、なにを言っているかわからない。横にたっていたアカリさんが負けじと叫んだ。
「来たわよ!」
周りにならって右に顔を向けると、通りの奥、ずっと遠くに人影がみえる。みるみるうちに近づいてくるそれは若い女性の集団だった。みんな長い髪をなびかせて、Tシャツにランニングスパッツ。車道にはみだしていた人々はいつのまにか引いていて、走る彼らに思い思いの声をかけている。ランナーの集団はいよいよ大きくなり、膨れあがり、道の容量を超えてたがいに重なり、目の前に迫ってくるころには大きな波になっていた。もはやひとりひとりを判別することはできず、たなびく髪が一体となった塊にしか見えない。金、黒、茶、赤、たまに緑とかピンクが混じったりする大波。奇声をあげて、その波に近づく人がいる。危ない、と思う間もなく彼の姿は消え、すぐに波の上に現れた。波にゆられて飛んだり跳ねたりしながら、くすくすとわらっている。まわりの人々も次々に飛び込んでいく。アカリさんに腕を掴まれた次の瞬間、わたしの体もゆらゆらとゆれていた。眼下にはどこまでも続く通りいっぱいの波。このどこかにアリスがいるんだろうか。というかこれ、どこに向かっているんだろう。
「学校よ、入学式なんだから」
それってわたしも行っていいんですか?
「もちろん。それにゲストには入学式の評価をしてもらわなくちゃいけないしね」
そう言って分厚い紙の束を差し出してくる。
見たこともない文字が書かれたこれは、評価シートだろうか。ずらりと並ぶ項目に、レーダーグラフ。よくわからないけれど、アリスにプラスになるようなことを書いてあげたいな、と思う。アカリさんはどこからともなく顔の三倍くらいはありそうな大皿を取り出した。皿の上には山と積まれたチョコチップクッキー。
「クッキーを食べた数も評価に入るから、よろしくね」
なにかが顔に当たったような気がして空を見上げると、m&m’sの雨が降ってくるところだった。

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