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【映画】『ルックバック』:58分に凝縮された心の震撼

映画館を間違える。ありがちな失敗だ。

私もやってしまった。「ルックバック」を観に行った日に。

TOHOシネマズ日本橋のチケットを買って、気づけばTOHOシネマズ六本木にいた。
結果、本来の倍の3400円を払うことに。
普通なら最悪の気分になるところだ。

でも、58分後。
私の頭の中にあったのは、たった一つの思い。
「3400円でも安い」

どんな映画なら、倍の料金を払っても後悔しないだろう。
いや、むしろ「安い」と感じるだろうか。

「ルックバック」は、私にそう思わせた作品だ。
たった58分で、なぜそこまでの価値を感じたのか。



基本情報

  • 原作:藤本タツキ

  • 監督・脚本・キャラクターデザイン:押山清高

  • 制作:スタジオドリアン

  • 上映時間:58分

  • 主要声優:河合優実(藤野役)、吉田美月喜(京本役)

※以下、映画内容含みます。

青春と創造と喪失と再起

「つかみ」が綺麗

この映画のつかみの巧みさに驚かされた。無駄なフリなどない。むしろ、序盤からの藤野の心情変化が物語全体の前フリになっている。短いからといって中身がスカスカということはない。藤野の紹介から始まり、ライバル登場、本気で取り組む姿、そして挫折。これだけでも十分な物語になりそうなのに、ここからが本番だ。

スピード感とテーマの凝縮

小学校を卒業し、京野と出会うところから本当の物語が動き出す。そこからの展開がまたスピード感抜群。「バクマン。」や「ブルーピリオド」を思わせるような、創作への情熱と葛藤が見事に描かれている。主人公たちの成長と苦悩が、まるで自分のことのように感じられ、思わず引き込まれてしまう。

「ルックバック」は、たった58分という短い時間の中に、青春、創作への情熱、友情、そして人生の予測不可能性といったテーマを凝縮している。それでいて、決して押し付けがましくなく、観る者の心に静かに、しかし確実に響いてくる作品だ。

リアルとファンタジーの融合

藤本タツキワールド

ここからが藤本タツキワールドの真骨頂だ。リアルな描写で物語を進めていき、そこにファンタジー要素を織り交ぜて心を揺さぶり、最後にしっかりと着地させる。この手法は彼の作品「さよなら絵梨」でも見られた。

この映画の魅力は、漫画という媒体だからこそ可能になった表現方法にあると思う。エモーショナルでありながら、同時に深く考えさせられる。つまり、心にも頭にも刺激を与えてくれる作品なのだ。

映画表現としての魅力

映像表現にも注目だ。田舎の風景を空から俯瞰してズームしていくシーンは、まるで私たちを物語の世界に引き込んでいくかのよう。この手法によって、観客は自然と主人公たちの世界に没入していくことができるのだ。

この作品には様々なオマージュやモチーフが散りばめられていて、映画好きにはたまらない仕掛けになっている。例えば、ラストシーンはタランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を思わせるような展開だ。シャロン・テート事件を扱ったあの映画のように、現実とは異なる結末を描くことで、観る者の心に強く訴えかけてくる。

また、「インターステラー」を彷彿とさせるような現実の分岐点も描かれており、「もし、あの時…」という普遍的な問いかけを私たちに投げかけている。

結論

問いと主題

この映画を観た後、私たちにできることは何だろうか。そう、各々の「ルックバック」を探すことしかない。過去を振り返り、自分の原点や動機を再確認する。それこそがこの作品が私たちに投げかけているメッセージなのかもしれない。

リアルでありながら心を動かす。この相反する要素を見事に融合させているところが、「ルックバック」の最大の魅力だと私は考えている。

過去を振り返ることの意義を中心に据えながら、人それぞれが持つ興味や才能の多様性も巧みに描き出している。藤野と京本の漫画への没頭ぶりを見ていると、何かに打ち込むことの素晴らしさも静かに伝わってくる。

個人的見解

結局のところ、この映画が観客に促しているのは、自分自身の「ルックバック」を大切にすること。そして、それを糧に前を向いて歩んでいくことではないだろうか。過去を振り返ることで得られる洞察を、未来への原動力に変えていく。それこそが、この映画が私たちに伝えたかった主なメッセージなのかもしれない。

「ルックバック」は、リアルでありながら心を動かし、そして深く考えさせる作品だ。たった58分の物語が、こんなにも深い余韻を残すのは、まさに現代の名作と呼ぶにふさわしいからだろう。

この作品を通して、私たち一人一人が自分なりの「ルックバック」を見つけ、新たな自己発見の旅に出られることを願っている。そして、その過程で、自分が本当に打ち込めるものを見出せたなら、それはこの映画がもたらす予期せぬ贈り物となるかもしれない。

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