重ねて重ねて描くものは。
◎ガラス絵を描く理由。
描き方は分かったよ。でも、なんでそんな面倒そうなことをして絵を描くの?
そう思いますよね。
ではその疑問に、私がガラス絵に感じる2つの魅力からお答えします。
◎”艶”
描かれた反対側から鑑賞するため、絵の表面で光が乱反射せず、絵の具の乾燥後も潤いのある発色が保たれる。
これがガラス絵の一つ目の特徴であると同時に、誰もが1番に目を惹く最大の魅力だと思います。
ツヤツヤな絵!
試しに、他の画材と比較してみましょう。
水彩画やアクリル画材で描いた場合。描いたばかりの潤いある発色は、乾燥後には失われます。
油彩画では、乾性油に樹脂を混ぜ、堅牢性と美麗な艶を獲得します。仕上げの画面保護ニスも、艶出しを兼ねているのは明らかでしょう。
出来たての絵の艶は、作った本人だけがその”生み立ての現場”で見ることが許された、言わば刹那の輝きということを作家は知っています。
そんな画面の濡れ色を留めて、みんなに見せる事が出来たなら…
ガラス絵では、最初からそれを逆算し、こんな描き方をするというわけなのです。
◎風合い
ガラスという素材自体の風合いを魅力にしている作品もあります。
やや感覚的な話になるので、この点は現物をご覧いただいて納得される事が多いと思います。どことなくレトロモダンな雰囲氣。
佐藤春夫がガラス絵を、「永久に新鮮な骨董」と看破したのは、言い得て妙な感想だったと思います。
◎ガラスは透ける。
ガラス絵という素材のもう一つの特徴である、透過についてお話したいと思います。
私はある時、ガラスを重ねようと思いました。それが、現在も続く「多層ガラス絵」という名称で発表をしている作品です。素材の性質と、私自身の現実をありのまま表現したいと思っていたことがきっかけです。現実を表す上で、多層性にはリアリティを感じていました。
◎一枚岩ではない現実。
現実の多層性とは、いつもと違う体験、自分の常識がずれる感覚のことです。日常の奥行きを指します。
人の存在自体も、様々な段階、層を持ったものなのだと気づく瞬間があります。
例えば、
「頭脳明晰だと思っていた人が、ベタなお涙頂戴のストーリーに、本気で泣き出してしまい、あきれた。」
「素敵だと思っていた人が、ある日まるで鬼のように見える様な出来事に遭遇した。」
そんな事を、私たちは人生の中で幾度となく経験するのではないでしょうか。これについては、河合隼雄さんが多くの著作で度々語られています。
自分の常識が揺らぐ時、形容し難い変化の眩暈が起こります。
私は中学生の頃から、デッサンを描いたり見たりするのが好きでした。何度も直された痕があり、決して綺麗に整えられたわけではない、巨匠の一枚のデッサンに感じる美。それは、そこに作者の発見と驚きの連なり、素材に沿った流れの様なもの、その多層性を我々が読み取るからに他なりません
◎反射
単層のガラス絵では見られなかった特徴として、多層ガラス絵を実際に制作している中で気づいたことがあります。それは、表からは見えない裏に塗られた色が、別の層へと反射し鑑賞者の目に間接的に届くという点です。これは勿論、単層のガラス絵には見られない特徴です。
距離のある層同士が関わり合い、鑑賞者の眼差しの上で完成する。そのような重要な示唆を私自身に与えてくれました。
完成作=作家のテーマを表現したもの という決まった図式ではなく、素材とその組み合わせが、作家に対し、自身のテーマに気付くきっかけを促してくれるという好例だと思います。
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