見出し画像

ナース服なんていらない。【実話】

これから話す事は全て実話です。

2021年12月26日。

僕は、訪問看護師という仕事をしている。

訪問看護師という仕事は、看護師全体の5%しかいない。
まだまだニッチな仕事である。

主に、自宅で療養生活をしている患者さんのもとで体調確認や困り事を解決するのが仕事だ。

看護師であるはずの僕が、今日着ているのは白衣ではない。

サンタクロースの格好をしている。

なぜかというと、新型コロナウィルスの影響で外出を控えている患者さんに少しでもクリスマス気分を味わって欲しいからだ。

しかし、クリスマスを一日過ぎてしまった今日。

小学生に「寝坊サンタ」だと笑われる。

自転車での訪問は、正直かなり目立つ。特に池袋駅の周辺はすごい。

それでも患者さんの笑顔を見れるので、頑張れる。

池袋駅をぬけて、とある喫茶店の前で僕は自転車を止めた。

普段開いていないはずの喫茶店なのに、今日は開いている。

そう、ここはうつ病を患っている患者さんのご自宅である。

僕は、目を真っ赤にして喫茶店の扉を開いた。


2021年9月某日。

Aさんは、奥様と死別した悲しみからうつ病を発症。

アルコールにも依存的になってしまい、生活がままならない状態へ。

体調確認と服薬管理、精神的な苦痛の緩和目的で訪問看護が導入となった。

Aさんは、奥様と2人で長年営んできた喫茶店で生活を送っていた。


「はじめまして。訪問看護師の齋藤です。よろしくお願いします。」

「はい、はい。よろしくね。」

「素敵な喫茶店ですね。」

「ありがとう。常連さんもいるし、早く店を開きたいんだけど体調が悪くてできないんだよ。」

「常連さんからも愛されるお店だったんですね。」

「結構来てくれたんだよ。でも、妻が亡くなってしまって。もう、どうしていいのか分からないんだ…。」

下を向き、泣き出すAさん。

「それは悲しいですよね。大事な人ですもんね。また、元気になったらコーヒー注文させて下さいね。」

「わかったよ。頑張るね。」

僕は、薄暗く、じとじとした喫茶店を背に、自転車に乗った。

2021年11月上旬。

今日は、薄暗い喫茶店が賑わっていた。

お店がオープンしたのではない。

サービス担当者会議にて、ヘルパーさん、ケアマネージャーさんがお店に来ていたからだ。

ここ最近Aさんは、認知症が悪化し日常生活を1人で過ごすことが難しくなってきた。

在宅サービスを増やしていくことが、サービス担当者会議で決まった。

また、ご家族様の同意のもと今後は施設へ入所する方向性であることも知った。

頭では施設入所がいいと看護師の僕は分かっている。

ただ、齋藤という人間は、なんとか自宅で生活できるようにできないか。

またお店を開けるようになれないか。

この気持ちがあった。

それでも、今自分ができることを100%しようと決めた。

後ろ髪ひかれる思いで、次の患者さんの家に向かった。


2021年11月28日。

12月も近づき、手袋がかかせない。

クリスマスの予定がないのは寂しいな。

なんとかしないとな。なんて考えながら、僕はクローズの看板がよく似合う、薄暗い喫茶店の前で自転車を止めた。

お店の入り口はいつも鍵がかかっている。

「Aさん。齋藤です。来ましたよー。」

奥の席で寝ていた、顔を真っ赤にしたAさんが、ゆっくりと扉の方に歩いてくる。

足は相変わらず浮腫んでしまっている。

「ごめんね。寝てしまってた。よろしくね。」

「大丈夫です。失礼します。」

入り口に転がっている缶チューハイの空き缶をどけながら、僕は喫茶店の中に入る。

これでも、最近は飲酒の量が減ってきている。

しかし、食事量が足りなく低栄養状態にある。

浮腫の原因はそのせいである。

「それでは、行きましょうか。」

いつものように僕は声をかけ、Aさんと近所の公園まで散歩へ行く。

「ここらへんは昔と今で変わりましたか?」

「ずいぶん、変わってしまったね。」

「昔は、ここらへんは全部料亭だったんだよ。あの時はお店も賑わっていたんだよ。」

「みんなから、マスターマスターって良く声をかけてもらってさ…。」

「ママは特に人気だった。あんな元気な人がなんでなんだろう。」

「俺はどうしたらいいんだ。頑張らないとなのに。」

「悲しいよ。なんで、なんだよ。」

「悲しいよ…」

公園のベンチで大号泣するAさん。

僕はただひたすらに、お話を傾聴する。

思いっきり泣いてもらったら、また2人で喫茶店まで戻る。

公園からの帰り道。

「齋藤さん。今日は何日だっけ?」

「今日は、11月28日ですよ。」

「そうなんだ。僕の誕生日なんだよね。」

Aさんの笑顔を僕は、久しぶりにみた。

喫茶店に2人で戻った後、すぐに僕は近くのコンビニへ向かった。

3軒目のコンビニでやっと、丸いケーキっぽいものを見つけた。

飲み物は、低栄養のAさんに合わせてプロティンドリンクにした。

再び喫茶店に戻る。

そして、バースディソングをYouTubeでかけながら入店する。

「誕生日はいつになっても嬉しいね。ありがとう。」

Aさんの言葉と、とびきりの笑顔は今でも忘れられない。


2021年12月某日。

医師から入院が必要な状態であると連絡が入る。

こうなる予感はしていたが、命を守る為には仕方ない。

自分の力不足を強く感じる。

そして入院は、12月28日と決まった。

入院後は自宅ではなく、施設に入所してしまう可能性が高い。

決まったわけではないが、なんとなくそんな気がした。

これが最後の訪問になるという事を、直感で感じた。

12月26日。

クリスマスは過ぎたけど、サンタクロースで訪問しようと決めた。


2021年12月26日。

薄暗いはずの喫茶店が、やわらかいオレンジ色の灯りがともっていた。

いつも見る、クローズの看板が玄関にない。

僕は、涙が出そうになるのをこらえ扉を開く。

「いらっしゃい。あ、齋藤さん?どうしたのそんな格好して。」

扉を開くと、カウンター席にシャツにエプロンを着たAさんがいた。

「あ、ええと。Aさんを喜ばせたくて…。」

涙で声が出ない。それでも声をふりしぼり。

「お店開いたんですね。」

「寝てばっかりじゃダメだと思ってさ、やってみたんだよ。」

「これから頑張ってみようと思う。今までありがとうね。」

そこには、喫茶店のマスターがいた。

「Aさん、ホットコーヒー飲みたいです。」

「勿論。いいですよ。ちょっと待ってね。」

Aさんがキッチンに向かい、準備を始める。

コーヒーカップをお湯で温めてから、そそいでくれる。
本格派のコーヒー。

「お待たせしました。コーヒのホットです。」

喫茶店の中が、コーヒーのいい香りで満たされる。

僕の人生で一番美味しいコーヒーになった。

最高のクリスマスプレゼント。

ありがとうございます。


終わりに。

私にとって、ナース服なんていらない。

Aさんとの関わりで、よりいっそう強く思うようになりました。

看護師は、患者さんに対して管理的になってしまいがちです。

それが必要な場合も勿論あります。

ただ、全員にそれが当てはまるわけじゃないはずです。

Aさんは、奥様を亡くした悲しみからアルコール依存となりました。

看護師として、アルコール摂取を控えるように指導していくことは大事だと思います。

しかし、根本的な原因は「寂しさ」に起因するものだと私は考えました。

そこで、Aさんと雑談したり公園に出かけてお話を傾聴。

アルコール摂取を控えるようにという、指導的な介入はしませんでした。

すると、自然とアルコールの摂取量が減量していきました。

私が、看護師として管理的な関わりをしてしまっていたらまた別の結果になっていたのかもしれません。

ひょっとしたら、もっと良くなっていたのかもしれません。

そこは分かりません。

しかし、専門職である看護師として関わるのではなく、齋藤個人として関わり続けたことで心を開いてくれたように感じます。

ナース服を見ると、情景反射で病院を思い出させてしまいます。

私だったら、うるさくガミガミ言われてしまうから嫌だな。

こう思ってしまいます。

そして、本音が言えなくなってしまいます。

私は、患者さんと「齋藤」という同じ人間で関わりたい。

必要な時に看護師という専門職の知識とスキルを使えばいいではないかと思っています。

これからも、目の前の患者さんがどうやったら幸せに生きられるのか。

本気で考えて、挑戦していきます。


ここまで読んで下さいましてありがとうございます。




訪問看護師
齋藤透



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?