見出し画像

司会のスローガンがしっくりこない

齊藤涼子


「あなたの思いを形にします」
「思いを言葉に乗せて」
「気持ちを汲み取り届けます」

というワードは、司会者さんがよくスローガンとして掲げる言葉たち。

そう、司会ってこれがお仕事なのです。


でも、私ず〜っとこれらの言葉がしっくり来なくって。



とはいえ、しっくり来ない理由がよくわからなかったんですよね。

いろいろ理由を考えていたんですけどね。

「ありがちだから?」
「みんな同じようなことしか言わないから?」

うーん、なんかちょっと違う・・・。
そういう層の話じゃなくって・・・えーーっと。。。



ところで私は今、声優の養成所に通っています。
(その経緯については本題とずれるのでまたの機会に取っておきます)

そこで発声の基礎から、演技、アフレコ、ナレーション・・・と
これからいろんなことを時間をかけて学んでいくことになります。

先日まで受けていた発声のレッスンで、簡単なニュース原稿を一人ずつ読みました。

そこで、講師の方が何度も仰っていたのが

「もっと自分の言葉で読んで」


ということでした。



ぴきーーーーーーーーーーーん☆



ああ、これだったんだ。

司会のスローガンたちがしっくりこない理由って
これだったんだ。

司会で感動するかしないかって、これだったんだ。


講師の方のご指導のおかげで、やっと納得がいきました。
どういうことかと言いますと、

「あなたの思いを形にします」
「思いを言葉に乗せて」
「気持ちを汲み取り届けます」


これが、私はどこか他人事のように感じていたからなんです。

(ああ、私は全国の司会の方を敵に回しそう・・・)


お客様の気持ちを受け取って、司会が代わりに伝える。
それは確かにそうなんだけど

じゃあ、司会者本人の気持ちはそこに存在しているのか?


ということですね。

これは多分、賛否両論あると思います。


司会者なんだから、ある程度は客観的に進行するべき。
司会者の気持ちが前に出過ぎるのは、求めているものとは違う。


はい、私もそれは心得ております。
なんでも too much はよくありません笑

司会者の個性を出しましょうと言っているわけではないのです。


借り物の言葉じゃなくて

本人の内から出る言葉や

本人のフィルターを通した言葉じゃないと、伝わらない。



ということを言いたいのです。



ニュースキャスターさんを想像してみてください。

同じニュース原稿でも、

ベテランのキャスターさんからは、
こちらに情報を「伝えよう」という使命感を感じませんか?

新人のキャスターさんは、
「正しく読もう」というところで止まっている気がしませんか?



結婚式の司会でも全く同じことが言えるわけでございます。


台本の有無に関わらず
その台本を誰が作ってくれたかに関わらず
誰が紡いだ言葉であったとしても

それを自分の言葉として伝えられるかどうか


によって、重みって全く違ってくるんだなあと。



例えば、ご友人が結婚式で司会をしてくださったとして、
感動する場合と、「おや?」となってしまう場合があるのはなぜか。

感動するのはきっと、すらすらできなくても、自分の言葉で必死に
伝えようとしてくださるから。

「おや?」となってしまうのは、
ありものの台本を、ただなぞることに必死になってしまうから。

どちらも一生懸命尽くしてくださるのに
尽くすポイントが異なるから、結果が変わるわけですね。


逆を言えば、ご友人司会でなくても、
数回しか新郎新婦と会わないプロ司会者であっても、
自分のフィルターをちゃんと通して司会をしてくださる方なら
きちんとゲストに言葉が響くというわけです。


「自分の言葉で伝えられているかどうか」


というのは、おそらく誰でも聞き分けられると思います。

私自身も
「今、自分の言葉で言えてないな〜」
と気づくと、とても居心地が悪くてたまりません。

「うそつき!うそつきりょうこ!」
と、自分を小突きたくなります。


第一線で活躍されている方々は、きっと初見の言葉ですら
瞬時に自分のフィルターを通して(もしくは話しながら同時進行なのかも)
伝えていけるんだろうなと思うと

神の所業だなと、もうひれ伏すしかありません。



結婚式の司会って、

簡単にやろうと思えばいくらでも楽にできてしまいますが

そんな手抜きをする人に、人生預けたいとは思わないですよね。



私ももっともっと悩んで苦しんで
抜けていかなくちゃいけないなあ。

がんばろ。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!