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C95新作『ウワサのキリコさん』その③

こんばんは!
本日は第一章の最後までの掲載と、エクスライターズの一人、今回の事件原案を作ってくれた泉川瀧人さんが学校マップを作ってくれたので掲載です。
コミケ当日はこのマップなどをクリアファイル(数量限定! お早めに!)に入れてお渡ししますので、地図を見ながら本文を読める仕様となっております。

今、キリコさんとちはるちゃんはこの辺りにいるんだなー
なんて思いながら確認くださいね。

では、第一章の最後まで掲載です!
執筆時のBGMは昔なつかしい、
ファミコン探偵倶楽部PartII うしろに立つ少女
でした!

・十一月十八日 羽入大学付属女子高等学校 十六時半 三年A組の教室・

「あれ、根津っちじゃん。どうしたの?」
 ちはる先輩が教室に入った時、真っ先に声をかけたのはどこか堂々とした少女だった。
 背も高く、体つきもしっかりしていて、顔にも自信めいたものが溢れている。
 昼行灯っぽい雰囲気を醸し出しつつも、その瞳の奥には強い意志があるような。
 そんな『強さ』を感じる女性だった。
「あ、さっちゃんっ!」
 ちはる先輩が嬉しそうに近付いていくと、慣れた様子で彼女の頭を撫でていた。
 彼女は子犬ちっくな部分があるとは思っていたけれど、こうして実際に可愛がられているのを見ると妙に納得する。
「よしよし。珍しい子と一緒に来てるね?」
「どうも、初めまして。いつもちはるさんがお世話になっています。彼女の従姉妹で、二年生の藤見澤キリコです」
「うん、知ってるよ。有名人だからね。それに根津っちもよく自慢してるし。私は如月さつき。さっちゃんって呼ばれてるよ」
「さっちゃん先輩、ですね」
「うん、いいね、その呼び方。可愛くて」
 朗らかに笑う様子は、見ていても爽やかだった。
「それで、どうしたのさ、根津っち」
「あ、えっとね。児玉ちゃん休んでるでしょ? 呪いって言われてるじゃない?」
「私の叔父さんが大学の教授やってるんだけど。あれ? 准教授だっけな? まあ、どっちでもいいや。その叔父さんがよく言ってるんだ。呪いなんてものはないんだってさ。児玉っちは、受験にすっごい悩んでて。この学校の授業だけじゃ全然追いつけないって。学校休んで塾に通ってるって噂もあるけどね。呪われたから塾に行く! とかおかしーでしょ? あははっ」
 呪いを真っ向から否定する姿に、なんとなく親近感を抱いた。
「そんで、なになに? 根津っちと藤見澤は何してんの?」
「今、キリコちゃんのお手伝いで、七不思議を調査してるの!」
「へえ、面白そう! 私で良かったら知ってること話すよー」
 思わぬ提案にビックリしたものの、この人は事情通の気配も感じる。今のうちに聞けることは聞いた方がいいかもしれないので、頷いた。
「それで何を調べてるのさ。階段? トイレ?」
「その二つはもう検証しました。残りは『光るベートーベンの目』と『歩く二宮金次郎像』がまだです」
「二宮金次郎像なら、ここに動画あるよっ」
 さっちゃん先輩はスマートフォンを取り出して学校掲示板サイトを見せてくれた。
 私とちはる先輩が覗き込むと、確かにこの学校の校庭を映したものだ。
「うわー、なんかボヤけてるけど、ホントに二宮金次郎像だよキリコちゃん!」
 彼は歩くというより、むしろトラックを走っていた。しかも、ちょっといいフォームで。
「完全にホラーだね! 怖いね!」
「そうかしら。さっちゃん先輩、拡大ってできますか? 足元を見せてください」
「できるよー。ほいっ」
 さっちゃん先輩が指先で操作すると、画面が大きくなる。
「ちはる先輩、二宮金次郎像って足には何を履いているのが普通なの?」
「え! 裸足か草履とかじゃないかなあ?」
「この動画のこの足、黒いからローファーか革靴じゃないかしら」
「あっ! ほんとだ! 少なくとも裸足でも草履でもない!」
 この動画は、確か……。
「さっちゃん先輩は、三年生の三谷さんという方はご存知?」
「あー、『監督』ね。ずっと映画撮りたいって言ってるよ。映画研究会のリーダーでさ。ただ、親は厳しいみたい。映画なんかよりも勉強しなさいって言われたらしくて、かなり愚痴ってたよ。自分が失敗した時に、みんなも受験に失敗するように巻き添えにできるなら、勉強しなくていいのに、とか。これはさすがに周りに怒られてたけどね」
「そう。児玉さんも、三谷さんも、受験の悩みがあったのね……三谷さんはまだ学校にいらっしゃるのかしら?」
「さあ、どうだろう。もう帰ったんじゃないかな?」
「そういえば、五番目の七不思議は帰れない話だったよね?」
 ちはる先輩がさっちゃん先輩に尋ねる。
「あー、あったね! でもおかしいよね、あれ。帰ってきてないのに、そんな噂が流れるなんてさ」
「あれは、論理矛盾だと思うの、さっちゃん先輩」
「だよね! さすが、頭いい! 藤見澤、そーいうところだよ!」
 ビシッと指さされてしまった。
「ど、どうも、ありがとうございます」
 この先輩も七不思議や呪いに関しては疑問を感じているらしい。
 しかし、こんな荒唐無稽な噂がにわかに信じられ始めているというのが、生徒たちの不安の強さを現しているように感じた。特に受験生である先輩たちにしてみると、そのプレッシャーは切迫したものだろう。そういう時、人の心は、まるで縋るかのように不可思議な何かに囚われてしまうのかもれない。
「それにしても、七不思議の調査かー。面白いこと考えるね、二人とも」
「被害者も出ていると、気になったので」
 お花畑さんに依頼されたというのは、敢えて言わないでおいた。
「でも、今の七不思議さ、なんか違うような気がするんだよ。私たちが一年の頃はもうちょっと普通だったはず。踊る人体模型とか、勝手に音が鳴るピアノとかさー」
「そうだったんですね……」
 もともとは違う七不思議が広まっていた。それなのに今は違うものが紛れ込んでいる。
 そこには、きっと誰かの意図が混ざったのだろう。何故、七不思議を改変したのか。そして、新しい七不思議にはどのような意味があるのか。
 そこに、私が求める疑問の答えがあるような気がする。
「ありがとうございました、さっちゃん先輩。色々、わかった気がするわ」
「お、頭良さそうだな、藤見澤。そう、そーいうところだよ!」
 またも指さされてしまう。
「は、はい、では」
「私はもう少しいるから、なにか聞きたいことがあったらまたおいで。私も昨日は十八時まで校内にいたからさ」
 さっちゃん先輩は気さくにそう言ってくれた。
「それではまた、さっちゃん先輩」
「うん、ありがとうね、さっちゃん!」
「根津っちも、イロイロあるだろうけどほどほどになー」
「は、はーいっ」
 ちはる先輩は良好な友人関係を築けているようだ。
 これなら、勉強の遅れも多少は取り戻せるのかもしれない。そんなことを思いながら、私は先輩にお辞儀をして三年の教室を離れた。

・十一月十八日 羽入大学付属女子高等学校 十七時 体育館・

 私たちはそれから、音楽室に立ち寄ってから体育館にやってきていた。
『光るベートーベンの目』は本当に単純なトリックで、かの音楽家の肖像画の両目部分には、セロハンテープが熱で溶けた痕跡があった。蛍光塗料を使うとかですらなく、明らかに人為的に電球か何かを取り付けて光らせていたようだ。
 あまりに拍子抜けしてしまったので、そのまま体育館の『鏡』を確認すべく移動した。
 これでここを調査して、なんらかの痕跡と推理をすれば、一通りの調査が終了したことになるし、お花畑さんに報告することもできる。
 体育館の入り口は大きく開かれていた。今の時間であれば運動部が練習しているので賑やかだろうと思ったけれど、珍しくそこには誰もいなかった。
「あれ、今日は部活やってないんだ?」
「そうみたいね」
 遠くで吹奏楽部が練習しているものの、その音もここではあまり聞こえない。静まり返っている体育館は、不気味な雰囲気を醸し出していた。誰かがいれば話を聞くつもりだったけれど、いないのであれば実際に鏡を見ていくくらいしかできない。
 私が歩き始めると、ちはる先輩は入り口で立ち止まっていた。
「どうかした?」
「あ、ううん。なんか誰もいないと不気味だねー」
 同じことを感じて足がすくんでいたらしい。ここの鏡はホラースポットでもある。怖がりなちはる先輩であれば、やはり入りたくないのかもしれない。
「ここで待っていてもいいのよ」
「一人の方が怖いから行くよ~」
 そう言いながら後をついてくる。目的の鏡は、体育館のステージに登る入り口の脇にあった。演劇部がステージを使用する際に、最後に衣装のチェックをしたりするのに使うのだろうか。もしくは、始業式や終業式、卒業式などで先生方が身だしなみを整えるのに使ったりするのかもしれない。
 誰がいつどんな意図でそんな場所に鏡を設置したのかはわからないが、一応使用用途がある場所ではあるので、誰も違和感は覚えていなかった。
 運動部のボールが飛んでこないように影になっているせいで、辺りは薄暗い。悪いウワサが立っていてもおかしくない雰囲気だった。
「………………」
 しげしげと鏡を見つめていても、特になんの変化も見当たらない。
『トイレの花子さん』『十三階段』『光るベートーベンの目』『歩く二宮金次郎像』。
 この辺りのものはほぼ全て人為的な噂。誰かが敢えて実行し、流したもので間違いないだろう。『帰宅できない放課後』は、誰がその噂を流したのかが不明というもの。作り話の場合に発生する論理矛盾があるので、一番眉唾ものになっている。検証のしようもなければ、確認のしようもない。その類のものだ。
 そしてこの場所。
 
『鏡の中のもう一人の自分』。

 この噂だけが、ある意味不気味だった。目撃したのが生徒ではなく警備員さんということもある。分別のある大人が無闇に生徒たちに不安になる噂を広めたりはしないだろう。
 私たちが尋ねた時も『誰に聞いたのか』を確認してきた。先にお花畑さんには話していたようだけど、あの態度は気になる。
 そもそもお花畑さんはどうして警備員さんに尋ねることができたのか?
「情報不足ね」
 推理というよりも妄想に近いものが浮かんでしまったので、頭を振る。ここは自分の目と手を一番に信じるとしよう。
 そう思って、目の前にある鏡をもう一度改めてしっかり見てみた。
 鏡……というよりは姿見と呼ぶ方が正しい。縦に長く、全身が映るようになっている。鏡面はピカピカで、傷一つないように見えた。一見するとなんの変哲もないただの鏡だ。
 試しに触ってみたり、外そうとしても動かなかった。薄暗い場所にある鏡というのは本当に不気味だった。自分の姿が映っているというのが、逆に恐怖心を煽るのだろう。
 それにしても、深夜にいた三年生の生徒はどうしてここで鏡なんて見ていたのだろうか。
 仮説としては、児玉さんのウワサを聞いて誰かがオカルト話を試してみたくなった。そして鏡を見ていたところで、警備員さんに見つかった。彼が気絶してしまったのは偶然で、驚いて慌てて逃げた……?
 やはり推理が荒唐無稽過ぎるので、考えを打ち消す。
 この場所に肝試しの生徒が立っていたというのはおかしいことではない。そして共犯者がいて、彼にスタンガンのようなものを押し当てた。
 それならば理解できるけれど、そんなものでいいのだろうか。

「キリコちゃん」

 私が悩んでいると、ちはる先輩が静かな声で尋ねてきた。
「どうかした、ちはる先輩?」
「どうして、頑なに『お姉さま』って呼ばないの?」
 突然の質問に、私は振り向けなかった。いや、振り向く必要はない。鏡の中に、ちはる先輩は映っているのだから。
 だから、その表情を見たせいで……私は振り向くことができなかったのだ。
 
 全くの『無』。
 
 いつも朗らかな笑みを浮かべているか。それとも、困ったように慌てているか。のんびりふにゃふにゃしているか。そういった、優しさと包容力に溢れたタイプの根津ちはる先輩。だというのに、そこに映っているのは……表情が全くないせいで。
 別の、誰かのようだった。
「人前や学校で呼ぶのは恥ずかしいからよ」
「そうだね、確かにそう記憶しているよ」
 記憶していると彼女は語る。私はここで失態を犯したことを思い知った。竹刀袋は背中にあり、そして背中側にぴったりと彼女は立っている。どんなに素早く反応したところで、必ず後手に回るだろう。
「キリコちゃん、知ってる? この鏡のウワサ」
 表情が見えない位置に立って、ちはる先輩は静かに語り始めた。
「この学校ってね。戦後ちょうどくらいにできたばっかりの時、神隠し事件が多発したんだって。生徒が、消えてしまうの。この体育館で」
「それは、事件性を感じるわね」
 この学校で拉致事件が多発していた可能性を考える。体育館という場所は倉庫やステージ脇など、意外と死角が多い。組織だった拉致の専門家であれば容易く女子校生を攫うこともできただろう。
「そうじゃない、そうじゃないよ、キリコちゃん。神隠しだよ、神隠し。貴女ならとっく知っているんでしょう? それとも、忘れちゃっているだけなのかな?」
「なにか知っているの、ちはる先輩?」
 鏡の向こうに向けて尋ねるものの、やっぱりその表情はまだ見えない。意図的に見せていないのだとすれば、彼女は完全に鏡の角度を把握しているということ。
 私の視点に立って鏡を意識できるなんて。
 そんなのは、やはりお姉さまにできる芸当ではない。
「不安がね、いっぱいあると、人はどんどん消えてしまうんだよキリコちゃん。それこそ迷路の中に迷い込むみたいに。人の心が作り出した不思議な、不思議な場所に」
 淡々と語る口元は歪んでいた。笑っているのだろうか? 少なくとも、今ここにいるのは警戒すべき対象だと断定できた。
「そうかもしれないわね。失踪事件というのは情緒不安定になった時期の人々にありがちなもの。鏡の中の自分に入れ替わって欲しいなんていう妄言も、思春期の気の迷いでしょうしね。大抵の場合は、少しして落ち着くと自宅に帰ってくるそうだけど」
「うん、実は。神隠しに遭った子たちも、すぐに帰ってきたんだって」
 だとしたら、事件性は薄いのだろうか。だから、七不思議として怖い部分だけが残ってしまっている、とか。
 だけど。言い知れぬ恐怖めいたものが、すぐ近くに迫っているような。そんな肌のさざめきを感じた私は、すぐに動けるように腰を屈めた。
「でも、それって本当に元の彼女たちだったのかなあ?」
 その言葉を聞いて青ざめると同時、私は本格的に失策を感じた。

「さて、ウワサのキリコちゃんは帰って来られるのかな?」

 ちはる先輩のような人物が片手を上げた時。
 頭の先から足先まで、鋭い電気ショックのような衝撃を感じて……。
 そのまま、意識を失ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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