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慰霊と歴史批判は異なる──読売が伝えるブッシュ大統領来日秘話について(2006年04月26日)


◇1 幻となったブッシュ大統領「靖国参拝計画」



 読売新聞が伝えるところによると、野田毅・日中協会会長(元自治相)が昨日、都内で講演し、4年前の2月、ブッシュ米大統領が来日したとき、靖国神社を参拝する計画があったが、

「A級戦犯が合祀されている靖国神社を参拝すればアメリカの大統領が東京裁判を否定することになるので、代わりに明治神宮に参拝することになった」

 と語りました。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060425i212.htm?from=main2

平成14年2月18日、明治神宮で@官邸HP


 発言の内容が事実だとすると、まったくバカげた話です。

 野田氏は先月末、橋本元首相らととも訪中し、胡錦涛国家主席から

「日本の指導者が靖国神社を参拝しなければ首脳会談をいつでも開く用意がある」

 とのご託宣を受けたと伝えられていますが、4年前の打ち明け話をいますることになったのは中国の意向を受けてのものなのでしょうか。

◇2 靖国参拝は東京裁判否定になるのか


 靖国神社を参拝することがなぜ東京裁判を否定することになるのでしょうか。靖国神社にいわゆるA級戦犯14柱が合祀され、慰霊が行われることは、東京裁判を否定する政治的な意味を持つのでしょうか。そんなことはないでしょう。

 靖国神社は国家の非常時に一命を捧げた人々を慰霊する祭祀施設です。同神社がA級、BC級を問わず戦犯刑死者を合祀しているのは、日本政府が刑死者を公務死と認めたからです。

 その背景には日本国民の世論の高まりがあります。政府はのべ4000万人もいわれる国民の署名に示された世論に押されて、重い腰を上げ、昭和27年6月、吉田首相は戦犯の赦免・減刑・仮出所などについて関係各国に了解を求めるよう、保利官房長官に指示しました。

 昭和27年12月4日の朝日新聞朝刊に「置き去りの戦犯遺家族」という記事が載っています。

 全国1100世帯の戦犯遺家族は「援護法」の適用が受けられず、遺家族年末特別給与金などの「恩典」から締め出されていました。フィリピンで処刑された某陸軍中将の未亡人は

「夫は責任を負って処刑された。厚かましいが罪は償われたのではないか。しかし靖国神社にもまつっていただけない。政府は死人にまでむち打つつもりかしら」

 と述べています。記事は遺家族に対して同情的で、都の職員に「ほんとうにお気の毒」と語らせています。

 この一カ月前、11月10日の今上天皇の立太子の礼を機に日本政府は、国内外にいる戦犯の赦免・減刑を関係各国に要請し、アメリカ政府はこれを受けてA級戦犯の赦免・減刑について、極東裁判の参加国と協議を開始しました。そして11月中旬にはインドが、翌12月上旬には台湾の国民政府が、A級戦犯釈放を欧米各国に先駆けて承認したのでした。

 サンフランシスコ条約は日本が東京裁判の判決を受け入れることが明記されていますが、内外で服役する戦犯の赦免、減刑、釈放は、まさにこの条約の発効後、急展開し、この条約の規定に従って、東京裁判の当事者である連合国の同意のもとに行われたのです。

@国立公文書館


 A級戦犯の処刑命日に当たる12月23日には、戦争刑死者1100余柱を対象とする全国で初めての慰霊祭が東京の築地本願寺で催されています。

築地本願寺@同HP

◇3 歴史批判は歴史家の仕事


 靖国神社は祭祀施設だということは、歴史批判の機能を持っていないということです。昨今、遊就館の展示を根拠にして靖国神社を「侵略戦争肯定」などとする批判がありますが、もともと靖国神社は東京裁判を肯定または否定する立場にはないのではありませんか。

 考えてもみてください。自分の親がたとえ刑法犯であろうと、葬儀や法要をしない子供がいるでしょうか。生前の行いや振る舞いに踏み込まないのが日本人の慰霊ではないのでしょうか。

 江戸・小伝馬町の牢屋跡には慰霊のためのお寺があり、東京・市ヶ谷の東京刑務所跡には刑死者慰霊碑が建っています。尋常ならざる人生を送り、最期を遂げた人たちこそねんごろに弔ってきたのが日本人といえるでしょう。

 むろん歴史批判は当然、あってしかるべきでしょう。数百万の国民が命を失い、国土が焦土と化した戦争の悲劇が二度と起こらないように、きびしく過去を検証すべきです。しかしそれは歴史家の仕事ではないでしょうか。


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