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【10】『君と夏が、鉄塔の上』


 それに驚いた帆月は僕の顔から手を離す。途端、見えていた何かは、切り取られたみたいにふっと消えてしまった。

「あれ、見えなくなった」

「見えたの?」

 帆月が驚きの声を上げる。僕は大きく頷いた。

「一瞬だったけど、多分」

「もう見えない? どうして?」

「分からないけど……」

「もう一度やってみろよ」

 比奈山が冷静に言った。さっきまで何をやっていただろう、と考えるよりも早く、帆月は僕の顔を両手で掴むと、ぐいと捻った。

「痛っ!」

「どう⁉」

 首を捻られ、傾いた視線の先には、再び、異質なモノが当たり前のように存在していた。鉄塔の頭頂部に腰掛けている、着物の男の子。

「み、見えた。着物を着てる」

「本当?」

「うん」僕は再び大きく頷く。

「じゃあ、こうすると?」帆月が僕の頭から手を離す。すると、やはり男の子の姿は初めから居なかったかのように消えてしまった。

「……いなくなった」

「頭を掴むことが鍵なのかな。比奈山くんもやってみよう」

 両手を突き出して襲い掛かる帆月の手首を、比奈山は素早く掴んだ。取っ組み合いのような体勢になりながら、比奈山は鉄塔へ顔を向ける。

「見えた」比奈山の細い目が少しだけ開かれた。「子供だ」

「触ればいいの? 片手でも平気?」帆月が比奈山の腕から片手を解く。

「まだ見える」

「じゃあ」と言って、帆月は僕の左手首を掴んだ。「これだと?」

 僕の目に、再び男の子の姿が映し出された。男の子は鉄塔に腰を掛けていて、時折足を交互にぱたつかせながら、荒川の方を見つめている。白地に青色の格子柄が施された着物は涼しげで、不思議と夏の空に映えている。

「見える」

「すごいすごい!」

 帆月は感動しきりだった。そうやって僕ら三人はしばらくの間、不恰好な形で手を繋いだまま、ぼんやりと鉄塔を眺めていた。

「ねえ、本当にこの鉄塔は何もないの?」

 鉄塔を見つめながら帆月がそう言った。「何だっけ。けい、けいお─」

「京北線」

「それ! 京北線は特別な電線とかじゃない?」

 帆月の問いに僕は首を振った。これといっておかしな鉄塔ではないはずだ。

「ちょっとも? ちょっとも変わったところはないの?」

「ええと……」

 少しむきになった帆月をなだめるべく、僕はなるべく落ち着いて、知っている限りの情報を話す。

「京北線は、南川越変電所から始まって、荒川とか高速道路とか、新幹線の高架を越えて、草加にある京北変電所に着くんだ。昭和の始め頃に設置されたんだけど、その当時は青梅にあった開閉所と繋がってたんだって。今はもうその開閉所もなくなって、京北線の鉄塔もほとんど建て替えられてるんだ。この94号鉄塔も昭和六十一年に新しくなってる。だから、今あるこの鉄塔自体は、実際は二十年くらいの歴史しかないんだよ。
 京北線の鉄塔は全部で百五十基くらいあるから、このあたりの送電線に比べたらかなり長い路線だと思うけど……電圧も特別高いわけじゃないし、本当に、普通の路線なんだよ」

 ありったけのことを話し終えると喉が渇いた。リュックの中の水筒に手を掛けるけれど、やはり取り出すのはためらわれる。


「……伊達くんって、やっぱり気持ち悪いね。変だよ」

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 ここまで読んでいただけたことが、何よりの励みとなります! もし、ご支援をいただきましたらば、小説家・賽助の作家活動(イベント交通費・宿泊費・販促費など)にありがたく使用させていただきます。(担当編集・林拓馬)