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【6】『君と夏が、鉄塔の上』


 ホームルームが終わり、皆が夏休みへと戻って行き静かになった教室で、僕は数人の部活仲間たちと会議をしている。窓の外、校舎のすぐ側に生えた木には蝉が止まっているようで、じりじりと擦るような鳴き声が教室に響いていた。

「課題の進捗状況を発表してもらう」

 大きな体を揺らしながら渋面を作ったのは、地理歴史部部長の木島だ。先ほど冷房は運転を止めてしまい、木島は額から多量の汗を流している。

 地理歴史部は僕ら三年生が五人、二年生が二人、一年生が一人の計八人という弱小文化部だ。代を追うごとに先細りになっていって、僕らの代が抜けてしまえば、地理歴史部の未来はほとんどないだろう。もちろん、部室なんてものが与えられるはずもなく、どうにか担任の許可を得て、部員達が僕の教室に集まって活動しているという、実に虚ろな部活だ。顧問はうちのクラスの担任である村木だが、村木はサッカー部との掛け持ちなので、こちらに顔を出すことはほとんどない。

 そんな村木が、夏休みに入る前に「後輩たちに何か遺せるものを作れ」と言い出した。そして、教師の命令に逆らう気概も見せず、部長木島は「はい、喜んで」と安請け合いをした。その結果、僕ら地理歴史部の面々は、夏休みの宿題よろしく課題に取り組まねばならなかったのである。

 僕らが取り組む課題は、学校周辺の精巧な地図作りだった。インターネット地図を超える最新版の地図を作成する、と提案者である木島は鼻息を荒くしていた。木島がやる気になってしまったのなら、僕らに異論を挟む余地はない。部員たちはほとんどが受動的で、地理歴史部は部長である木島一人の行動力で持っているようなものだからだ。

 しかし、実は木島にも算段があったようで、彼は前々から一人で周辺地図を作製していたらしい。それを今回の課題に持ち回し、さらに一人では大変な地図作製の労働力を、部員によって補ってしまおうという魂胆だったようだ。

 ともあれ課題は決定され、それぞれが分担して地図作製に携わることになった。工事現場担当、廃墟担当、路地担当とそれぞれ得意な分野を割り当てられる。僕は当然鉄塔担当だ。登校日に一度、それぞれ担当場所の進捗状況を持ち寄り、地図に記入することを約束していたのである。

 僕は夏休みが始まる前から作業に取り掛かり、あっと言う間に終わらせてしまった。それらを大きく広げられた地図に記入していく。

 地図には学校を中心に、左手に荒川、右手には駅と線路が記されており、最近完成したビルやマンション、埋め立てられてなくなった川の現在の状況、廃墟、廃ビルの状態、あるいは駅前の都市開発の進捗状況までが事細かに書き込まれている。一般の地図と違ってずいぶんと偏った情報ばかり載っており、はたしてこれでいいのかという気分になる。

「これを企業に持っていったら、結構な額で買い取ってくれるんじゃないか」

 予想以上に捗った地図を眺めながら、木島は鼻を膨らませた。それはあるかも、いくらになるだろうと部員たちが笑う。

「駅前なんかはまた新しいビル建て始めたぜ。親父に聞いた話じゃ、そもそもちょっと前はあそこに駅なんてなかったらしい」

 木島の説明を受け、うわ、不便だなと声が上がる。その反応に満足したのか、木島は大きく頷いて見せた。

「街は成長するんだ。生きている。そして、細かな所で死んでいる。だからこそ、こうして今現在の地図を残すことに意義があるわけだな」

 木島はダラダラと流れる汗を制服の肩口で拭い、偉そうに言った。

「今あるビルや工場だって、いつかなくなって、また別の建物がつくられる。そこが前何だったのか、どんな建物だったか、誰も覚えてない。忘れられた時に、その建物は死ぬ。救えるのは、街を記憶する俺達だけだ」

 木島の演説が終わり、部員達は皆、神妙な面持ちで頷いた。

 忘れられた時、街は死ぬ─これは木島が考えた言葉で、地理歴史部のテーマとなっている。真理だろう、と木島が偉そうな顔をするのであまり褒めたくはないのだが、先日の読書感想文でこのテーマをこっそり引用したら、担任に褒められてしまった。

「それはいいんだけど……この駅前の工事現場なんだけどさ、今何階まで出来上がっているとか、クレーンの台数とか、そんなことまで書く必要あるのかな」

 僕は駅前の空き地にびっしりと書き込まれた文字を指差す。

「なんだと」




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