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【2】『君と夏が、鉄塔の上』

 

 大きな音を立てて自転車がイチョウの枝葉の間を滑り落ち、まずは帆月が、その次に自転車が地面へと落下した。幸い、自転車が彼女の体に落ちることはなく、木の幹のそばでクシャクシャに潰れていた。白く大きな羽はバラバラになっていて、イチョウの木の枝の至る所に引っかかっていた。
 

 一部始終を見ていた生徒たちや、騒ぎを聞きつけた教師たちが集まり、大事な壺でも取り扱うようにして帆月は運ばれていった。これは後で聞いた話だけれど、落下の衝撃で帆月は右腕の骨にヒビが入り、全身数箇所を裂傷、打撲していたそうだ。そして彼女はしきりに「計算を間違えた」と悔しそうに呟いていたらしい。

 帆月蒼唯は、おかしな女だった。中学三年になって初めて同じクラスになったから、昔のことはあまり知らない。前から活発な印象はあったけれど、もっとマトモだったと思う。それがどうしたことか、今では歩く爆弾みたいになってしまった。だから、率先して彼女に近付こうとする生徒もほとんどいない。

 帆月が運ばれた後も、僕は呆然と、落っこちた自転車と壊れた羽を眺めていた。



 蝉の鳴き声もいい加減うんざりしてきた八月の初め。夏休み真っただ中。

 今日は登校日と定められているので、僕は狂った生活時間を無理やり捻じ曲げて、何とか学校に登校した。久し振りに浴びた朝の日の光はとても眩しく、夜型生活を送って弱っている僕の肌を容赦なく焼いていく。僕は一旦眼鏡をずらし、目頭を指で摘んで何度か瞬きをすることで、目の調子を整えた。

 けれど、いざ登校してみると、出席している生徒の数はまばらだった。

「黒くなったなあ、お前」

「このまえ遊園地行ったって本当?」

「毎日部活だもん、そりゃ焼けるよ」

「家族でね。旅行みたいなものだよ」

 色々とクラスメイトが話していた内容を聞く分には、田舎に帰省するだとか、旅行の予定がある生徒だとかは休んでもいいらしい。何だよそれ、先に言ってくれよ、と思いもしたが、よく考えれば僕には帰れる田舎もないし、かと言って旅行に行く予定もなく、ましてやうちの家族がズル休みを許すはずもないので、どうやったって僕は登校日にきちんと登校する以外、選択肢がないのだった。

 ともあれ、休んでいるクラスメイトはどこかでのんびりと羽を伸ばしている、なんて具合だから、全体的にだらけた雰囲気が漂っていたけれど、いつもは空いているはずの僕の前の席が埋まると、途端にクラス内に緊張が走った。

「おい、あれ……」

「うわー、マジかよ」

 僕の前の席に座っている比奈山優という男子生徒は、中学二年の中頃くらいから不登校で、今学期も数えるほどしか学校に来ていなかった。

 二学期からちゃんと登校するつもりなのか、それとも、ただ出席日数を稼ぎにきたのかは分からないけれど、前の席が埋まると、何か起こるのではないかと緊張してしまう。チビで痩せっぽちの僕が言えた義理ではないけれど、ほっそりとした比奈山の背中を見ながら、僕は少し椅子を後ろへ下げた。

 結局何が起こるでもなく担任の朝の挨拶が終わり、恒例の校舎の掃除。それぞれ出席番号順に掃除場所が割り振られ、僕は学校の端にある柔道場の裏側担当に決まった。教師から竹箒を渡され、足取り重く掃除場所へと向かう。女子生徒たちが仲良さそうに雑談をしながら、ついでとばかりに掃除をしている横で、僕は黙々と落ちた葉っぱなどを集めた。

 掃除が終われば、再びぐうたらな夏休みが僕を待っている。悠長に誰かと話している暇などないのだ。話す相手もほとんどいないけれど。

 竹箒で地面を掃きながら、そろそろ塵取りでゴミを集めようかと考えていると、視界の端に、台形をした緑色の塵取りが、ごん、と置かれた。何て気の利いたタイミングだろう、と顔を上げると、それを持ってきたのはあの帆月だった。

「伊達(だて)くんってさ、鉄塔に詳しいんだよね?」



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