由香の長い死の道
ここには水の音と縄の音だけだった。
壁を伝った雨水がチョロチョロと小さな音を立てながら床を這っている。
そしてミチルがかすかに身じろぐ度にギシリと天井とミチルを繋ぐ縄が音を立てて軋んだ。
もう何時間ここにいるのかわからない。
涙はとうに枯れ果て、ミチルはぼんやりと床を眺めていた。
床には夥しい量の血液が流れている。
ミチルは床に落ちた首を見やった。かつて兄弟だったもの。その首と胴体は切れ味の悪いナタで何度も斬りつけたようなズタズタの傷をもって切り離されていた。
ミチルは床に落ちた足を見やった。かつてクラスメートだったもの。その上半身は大きな塊で何度も殴りつけられたようにつぶれ、ひしゃげ、原型を残していたのは血を吸ったプリーツスカートと白い足だけだった。
ミチルは床に落ちた腕を見やった。かつて母親だったもの。その顔から胴体は何百回と刃物に突き刺され、転がる腕には何度もその刃物を防ごうとした切り傷がついていた。
父親が、飼い犬が、担任の教師が、よく行くコンビニの店員が。
悉く命を奪われ床を覆い尽くしていた。
そしてミチルの足元にはミチル自身の胃液と汗、尿、繋がれた腕から滴る血液が水溜りを作っている。
「これで全部かな」
暗闇の中から声がした。
ミチルの濁った瞳はその声を聞いて見開かれ、恐怖の色に染められる。
「まだ、まだいる」
ミチルは震えながら声を上げた。
動くたびギイギイと縄が軋む。
「でも、もういないでしょ。全部見たんだよ」
声は軽い調子でミチルに告げた。
それは親を待ち疲れ、遊びに飽きた子供のような響きがあった。
「やだ、やだ、私」
あれほど全部出し切ったはずの体液が、ミチルの太ももをつたい足元に滴った。
「死にたくない」
「由香、今日は早く帰ってきなさいね」
由香が弁当を受け取ろうとすると、母親そう言ってじっと見た。
「何、急に」
「ニュースになってるでしょ、連続殺戮事件」
由香は馬鹿馬鹿しいと言いながら弁当を受け取った。
ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます