ドスケベマン(22)

前回のあらすじ

南関東地区を治める美しき四天王マリリン。
レジスタンス解体を目論むマリリンの動向は。

―――

張り付くような暑さと息苦しさでルミは目を覚ました。
窓に打ち付けた板の隙間から糸のように細い光がところどころ差し込み、部屋の中をうすぼんやりと照らしている。
ソファから身を起こし小さく頭を振った。今は何時くらいだろうか。
足の踏み場もない狭い部屋の中には自分が今まで身を横たえていたソファとマットレス、その傍に数枚の手布がおいてある以外は何もない。
もう少し眠れるだろうか、それとも昼間からさぼりに来る男が訪れるだろうか。
そう逡巡しながらミオはまた体をソファに横たえようとし、下腹部の鈍い痛みに眉を顰めた。

ここはレジスタンス組織「蒲田ドスケベ団」のアジトで、ミオはそのレジスタンスの慰み者だった。
アーマード倫理観亡き後、ドスケベ団はミオの村を襲い、男たちには入団を突き付け、女たちには慰み者になることを強制した。
村の男含めた男たちに囲まれて、ミオたちに拒否権は果たしてあっただろうか。
抵抗すれば容赦なく殴られ、押さえつけられた。
それでも耐えられないと逃げた者もいたが、その女たちがそのあとどうなったかはわからない。
女たちはこのマットレスとソファしかない小部屋に一人ずつ押し込められ、食事以外はいつでも訪れる男たちの欲望を満たすことを命じられた。
何が解放だ、とミオは思った。
ドスケベアーミーの支配も苛烈だったが、それでも従っている限り直接的な暴力をふるうことはなかった。
しかしレジスタンスの男たちは違う。
半ば無理やり押さえつけられることも多く、白い肌には強く掴まれたときにできた痣が無数に残っている。
一つが消えればまた新しい痣ができる。
食事があると言っても農村で食べていたものと大差はない。
男たちは時折酒を飲みうるさく騒いでいたが、こちらには全く関係ないのだ。
レジスタンスに囚われてからのミオたちは心を殺してただ一日が過ぎるのを待つことしかできなかった。

それにしても暑い。
密室のこの部屋はただでさえ空気がこもるが今日はそれだけではなかった。
「……?」
ドアの外から何かが近づいていた。男の叫び声、銃声、何かを踏みしだく音、悲鳴。
何かの波は徐々にこちらに近づいていた。
他のレジスタンスとの抗争だろうか。もしそうだとしても、ミオにとってはただ地獄の場所が変わるだけだ。
「―――いっそ……」
ソファでその音の波を聞きながらミオはひとりごちた。
「殺してくれたら、いいのに」
そこまで言った瞬間、大きな音を立ててドアが外から蹴破られた。
思わずミオはそちらを向く。そこには。

「ああ―――ここにも女性がいたわ」

鈴のように響く声が震えながらこちらに掛けられる。
ミオは目を細め逆光に立つ声の主を見た。
武装しているがヘルメットは被っておらず、長い髪がきらきらと光に透けている。
声を出そうとした瞬間、柔らかく細い手のひらがそっとミオの頬に触れた。

「もう大丈夫よ、私たちはドスケベアーミー。あなたたちを助けにきたの」

ミオの喉から吐息が漏れ、枯れたと思っていた涙があふれ出した。
美しい女性はそれを見てミオをひしと抱きしめ、それをきっかけにミオは悲鳴のような声を上げ、泣いた。
「大丈夫、大丈夫よ。もう大丈夫」
女性は小さな子供をあやすようにミオを抱きしめながら繰り返していた。

「―――マリリンさま」
建物の外へ女性が出るとドスケベアーミーが駆け寄ってきた。
「レジスタンスたちの殲滅は完了いたしました。」
「わかったわ――この人たちをすぐに救護トラックへ」
後ろについて歩いていた女性たちはお互いに抱きしめ合いながら安堵と喜びの涙を流していた。
ドスケベアーミーたちは女たちを優しく支えながらトラックへと案内する。
マリリンは長い髪を風になびかせながらレジスタンスのアジトの方へ振り返った。
アジトからは投降したレジスタンスの男たちが今連れ出されるところだった。
「投降してきたゴミたちは処理しておきなさい」
そういうと周りにいたドスケベアーミー数名が頷き駆けだす。
レジスタンスたちはこのアジトだけではない。
むしろこのアジトは蒲田ドスケベ団のアジトの中では比較的規模が小さい部類だ。
だが、これでいいのだ。
マリリンはミオを慰めたときとは全く違った醒めた目で射殺されるレジスタンスたちを眺めていた。
マリリンがレジスタンスの女たちを保護したことはすぐにドスケベ団の本部に伝わるだろう。
それは本部に囚われていた女たちの耳にも届くはずだ。
すぐに何かが起きるとは思わない。
だが、女たちはこのレジスタンスが間違っていると、その助けがすぐ近くまで来ていると知れば内部で何らかの混乱が発生する。
混乱している組織からは内通者も増え、斥候として送りこんでいるドスケベアーミーたちは女たちにそっと反乱のための武器や知恵を渡せば。

ぼんやりと考えているとマリリンを呼ぶ声が聞こえた。
そちらを見やると、トラックの荷台からミオが感謝の言葉を叫びながら手を振っていた。
ミオにつられて荷台の女たちが涙を流しながらこちらに手を振る。
マリリンはそれを見て、女神のような慈愛溢れるほほえみで手を振り返した。
こうして救い出した女たちはマリリンに絶対の忠誠を抱く。
その熱い忠誠心はマリリンの大きな武器であった。
女性たちを乗せたトラックが走り去ると、マリリンは元のような醒めた目で炎を上げるレジスタンスのアジトを眺めた。
ようやく心の奥から笑顔が湧き上がってきた気がして、唇を歪めて少しだけ声を出して笑った。

つづく

ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます