ドスケベマン(17)

前回のあらすじ

封鎖され、万事休すかと思われたユウキとコウタロウ。
しかしそれをタカシが打破する。
未来のために、トンネルから脱出しようとした瞬間、アーマード倫理観が現れた。

―――

「あ……」
黄昏の中、大きな巨体が見える。そして、その周りには何人かのドスケベアーミーもいた。
「――くそっ!」
タカシが走りながらドスケベアーミーを、アーマード倫理観を撃つ。
コウタロウは渾身の力で、銃弾から身を隠そうと元いた木の陰にユウキの手を引いて走ろうとする。
そのコウタロウが横ざまに吹っ飛ばされ、ユウキの手からその手が離れる。
握りこぶしほどの石がコウタロウに投げつけられたのだ。
いや、もはやそれは投げつけられたというよりも、大砲を撃たれたというほうが正しいかも知れない。
コウタロウは数メートル転がり、そのまま動かない。
ユウキは言葉にならない声をあげ、同時にタカシは全身を血に染めながらもドスケベアーミーに吼え、銃を撃ちながら走る。
ドスケベアーミーたちは、その気迫に気圧されて距離を開けようとし、タカシはそのがら空きになったアーマード倫理観の腹部に銃弾を叩き込む。が。

ギィン!

鉄と鉄が擦れる不快な音を立てて、その銃弾は跳ね返される。
一瞬あっけにとられ、しかしそれならと今度は頭に狙いを定めた瞬間、タカシの身体は宙に浮いた。
そのまま、ボールのように跳ね、転がる。
腹部には、大きな岩がぶち当たっていた。
タカシの肋骨が折れる音が聞こえ、血が口からあふれる。
「タカシさん――?!」
ユウキは足を引きずり転がったタカシに向かって懸命に近寄ろうとする。
「……ぐ……!」
タカシはそれでも懸命に体を支え起こし、そして銃を構えようとする。
「にげ……ろ……」
ユウキにタカシが、残った力で叫び、銃の引き金に指をかけ。
銃声とともにタカシの身体は人形のように踊る。
全身が血にまみれたぼろきれのようになりながらも、タカシは銃を離さず、撃つ。
アーマード倫理観へドスケベアーミーへ。
ドスケベアーミーの何人かは倒れ、だが。
「ドスケベは汚いな」
アーマード倫理観はそうつぶやくと、タカシの元へ歩み寄る。
タカシはそれに向かって銃を撃ち、撃ち、撃ち。
ユウキは動けない。ユウキは、アーマード倫理観の拳がタカシの身体を貫いても、動けない。
タカシの手がだらりと下がる。

「―――うああああああああああ!!!」
ユウキは叫んだ。叫んで、叫んで、叫んで、転がりそうになりながら、アーマード倫理観に向かう。
体当たりをしようとした直前、アーマード倫理観はユウキの身体を片手で止め、まるで蠅を払うかのように平手で薙いだ。
その軽々とした動作にも拘わらず、ユウキの身体は横に吹っ飛ぶ。
アーマード倫理観はユウキの頭を掴み、ニヤニヤと笑いながら引き起こした。
「お前は存在がドスケベなのだ。いるだけで害悪なのだ。ここの奴らは全て、お前のせいで死んだ」
ぐっと顔を近づけ、ユウキの顔にその生臭い息がかかる。
「かわいそうになあ。お前のせいで、ドスケベのせいで、みんなこうなるのだ。お前がドスケベだったから」
「―――ちが、う」
「は?」
ユウキは振り絞るように言った。
「私は、自分で、自分らしく、生きたかった」
アーマード倫理観が眉を上げる。
「――農奴のお前が?自分らしく?」
ユウキに向かって、アーマード倫理観は厭らしく言葉を投げつける。
「そうやって見た目のいいお前のような女が、男どもにドスケベを覚えさせるのだ。そうやって、性的な魅力を振りまいて!誘うからだ!愚かなお前たち民衆をドスケベから救うために、あたしはお前のような!ドスケベな女を!排除してきたんだ!」
「ドスケベかどうかを選ぶのは!私自身だ!」
アーマード倫理観に掴まれた頭がみしみしと音を立てている。
気を抜くと全身の痛みで意識は途切れそうになる。
だが、ユウキは叫んだ。
「私は、私自身のもんだ!!」
アーマード倫理観の顔が、赤黒く染まった瞬間、ユウキはその右手をアーマード倫理観の眼のほうに突き出す。
その右手には、あのコウタロウに渡されたナイフが握られていた。
ナイフは、ずぶり、と鈍い感触とともにアーマード倫理観の左目に刺さった。「――がああああああああああ!!!!!!!」
アーマード倫理観は雄たけびを上げ、ユウキを振り払う。
ユウキの身体はごろごろと勢いよく転がりながら飛んだ。
「ああああああ!!!!殺してやる!!!殺してやる!!!殺してやる!!!!」
狂ったように叫び、だらだらと左目から血の涙を流したアーマード倫理観は、刺さったままのナイフを引き抜いて投げ捨てた。
「――ぶち殺す、ぶち殺してやる」
ユウキが顔を上げると、ゆらゆらと狂った笑みを浮かべたアーマード倫理観は、まさにユウキに向かって全力で大きな石を投げるとした瞬間だった。
ああ、もうだめかな。
ユウキはぎゅっと目をつぶる。
タカシやコウタロウ、自分の母親が自分に逃げろと言ってくれたのに、逃げられなかった。
自分はここで死ぬんだろう。
アーマード倫理観に傷を付けることはできたが、倒すことはできなかった。
ハルカからもらったこの制服も、血や泥でボロボロになってしまった。
悔しくて、悲しい。
奥歯を噛みしめ、その衝撃に身をすくめた。

「―――あれ?」
強張った体に、衝撃は来ない。ぎゅっと閉じていた目を開いたユウキの目の前には。
「……いい球投げてるじゃねえか」
大きな背中が、アーマード倫理観の投げた球を受け止めていた。
「――なんだ、貴様、まさか」
大きな背中の向こうに、あっけにとられた顔のアーマード倫理観が見えた。
「俺は」
ユウキの前に立っていたのは。
「ドスケベマンだ」

ドスケベマンであった。

続く

ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます