ドスケベマン(13)
前回のあらすじ
生きる希望を得たユウキ。
それを見守りながら夢を語るハルカ。
始まったばかりの日常は、アーマード倫理観の声によって崩れ去った。
―――
「敵は何人だ」
タカシは武器を手に駆け込んできた男に聞く。
「とにかくたくさんだ。少なくともこっちの4倍はいるな」
「武装は」
「全員ばっちり」
自分を落ち着けるためにタカシは息を吐く。
「全員持ち場に付け!」
外のノイズ交じりのがなり声はいまだ続いていた。
ハルカが、男たちが、思い思いに拳銃やライフル、手斧などを持って走り出す。
「コウタロウ、わかってるな?女を守るのが男の仕事だ」
タカシが真剣な目でコウタロウに言うと、コウタロウは無言でうなずいた。
「えっ、ちょっと」
戸惑うユウキの手を引いて、コウタロウも走り出す。
視界の端で、タカシが大きな布のようなものを首に巻くのが見えた。
「さて――もういいだろう」
拡声器のマイクを隣に控えるドスケベアーミーに渡す。
ドスケベに溺れた者は、不治の病のようなもので恐らく一生変わらない。
ならば、ここでその『病原菌』を根絶やしにすればいい。
『幸い』彼らのもとにはあの村から逃げた少女がいる。
つまりこれで彼らは『ドスケベアーミーへの叛逆』を行ったわけだ。
もちろんそのまま攻め込んでも良かったが、物事には善悪があり、正しい理由のもとにそれを遂行すべきだ、とアーマード倫理観は考えていた。
その目はこれから始まる蹂躙に対して狂気と狂喜を感じていた。
ゆっくりと手を上げ、そして下ろす。
それを合図にドスケベアーミーという狼の群れは、八景島へなだれ込んでいった。
「来るぞ!」
八景島には島を陸地とつなぐように橋が架かっている。
ドスケベアーミーたちはそこからなだれ込んでくる。
「島に上陸させるな、いくぞ!」
タカシが吠え、それを合図にバリケードの間から一斉に射撃が始まる。
戦闘のドスケベアーミーたちが足を止め、幾人かが倒れる。
まだずっとずっと向こうで倒れたはずなのに、橋の上に広がる血だまりが海風とともにこちらへ鉄の臭いを届ける。
銃を撃っていた数人はその臭いに思わず口元を手で押さえる。
「弾が切れたやつは後ろと交代しろ!」
タカシの声に数人が後ろに下がり、また何人かが前に出て銃を撃つ。
撃つしかないのだ。目の前の権力に抗わなければ。
足を止めていたドスケベアーミーたちの後方から、物々しい鉄の盾を構える者と、そして。
「伏せろ!」
タカシがとっさに叫ぶと、バリケードにまるで雷のような轟音と衝撃がひびく。
幸いにも精度は悪かったらしいが、それでも島の一部が抉られている。
目を凝らせば、鉄の盾を構えたドスケベアーミーがまたゆっくりとこちらに迫っていく。
その隙間から、丸太のような大砲を構えて次の弾を装填するドスケベアーミーが見えた。
「タカシ、どいて!」
ハルカがタカシの前をすり抜け、何かボールのようなものを投げると、鉄の盾の何枚かが轟音とともに吹っ飛んだ。
「あと手榴弾は3個」
タカシに状況を短い言葉で伝える。
「タカシはみんなを連れて次の作戦に!」
「いや、ハルカ俺がやる!」
手榴弾を奪おうと肩をつかむタカシにハルカは怒鳴り返す。
「あんたがいなくなったらみんなどうなると思ってんの!」
タカシはほんの一瞬、ハルカの顔を見た。
「―――っ!」
そして踵を返す。
「今撃っているやつ以外はみんな島の中へ!次に移る!」
その声を聞き、ハルカは少しだけ笑い、また手榴弾を投げた。
鉄の盾は残り何枚だ。
そしてあの奥の大砲をどうにかしないと。
手榴弾の爆発、火薬と砂のにおい。血。
手元のライフルを構え、大砲の射手へ狙いを定めた。
タカシは島の奥に走り、そのまま散開を指示する。
逃げる気などない。
自分の意思を継いだものを、少しでも逃がすための時間稼ぎだ。
男は誰かを助けるために生きていると、そう信じて。
首に巻かれたバスタオルにはまだあの日の血が残っていた。
「無様だな、民衆というのは」
戦いを後方から眺めるアーマード倫理観は表情もなくつぶやいた。
目の前の大砲が1発撃つたびにバリケードは崩れていく。
手榴弾を向こうが持っていたのは想定外だったが、ここまでは概ね予想から外れていない。
バリケードの陰にちらりと見えた顔に傷のある女を見て、アーマード倫理観は目を細めた。
傷があるのに、輝かんばかりの美貌の女がいた。
「――虫唾が走る」
対応が7割がたバリケードを壊したのを見て、アーマード倫理観は立ち上がった。
続く
ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます