ドスケベマン(5)

西関東地区。
かつてこの国で一番高いと言われた火山へ向かい、小さな山や丘、荒野が続く広い地帯。
かつて、人々が笑い合い過ごしたと言われる面影は今はなく、その山肌は岩に覆われており、人々はそこから海へと広がる裾野で細々と作物を作っていた。
作られた作物は、かつて東海道線、京浜東北線と呼ばれた遺構を利用したトロッコで、ドスケベとともにドスケベシティへと徴収され、人々はほんの少しの麦や米、野菜で生きていた。
西関東地区は、多摩川と呼ばれる大きな河川で分断されている。
その川にかかる橋は今や数少なく、ドスケベアーミーはこれを関所とし、農民たちの脱走も防いでいた。

「少女たちを連れてまいりました」
ドスケベシティから戻ったアーマード倫理観に兵士が告げ、続いておびえた表情の美しい少女たちが数名、兵士たちに押し出されるように前へ出た。
アーマード倫理観は、彼女らを見つめニタリと笑う。
「やあやあ、お前たちは初潮を迎え晴れて大人の女性となった。まずはそれにおめでとうと言ってやろう」
高らかに上げた声には若干の愉悦が混じっているように聞こえた。
「大人の女性となったお前たちには悲しい知らせがある。お前たちは天からその美しい容姿を与えられて生まれた。」
何が起こるのかわからず、少女たちは声も上げずにただアーマード倫理観を見つめる。
「かわいそうに、生まれながらにしてお前たちはドスケベになる資格を与えられた。このアーマード倫理観、それが不憫でならない。美しさゆえに男に欲情させ美しさゆえに周りを狂わせる、お前たちのせいで他の女は苦しめられ女がすべてドスケベだと思われる、そうお前たちのせいで!」
言葉はやがて嫉妬と憎しみに満ちた赤黒い色を帯び、怒号に近づいた。
少し言葉を切るともう一度ねばつくような笑みで少女たちを見つめた。
「だからお前たちは大人の女性として男の欲望を受けかわいそうなことが起こる前に、保護することとした」
保護、の言葉に少女が少しため息をつく。
命を取られるのかと蒼白だった顔色にほんの少し安堵の色が走ったその瞬間、アーマード倫理観は目を細め言った。
「死をもって、汚い現世から解放してやろう」
少女たちは、膝から崩れ落ちた。

「何でカオル姉ちゃんを!!」
村の集会所にユウキの声が響く。
そこにいる大人たちは皆沈痛な面持ちであった。
「分かってくれユウキ、こうするしかなかったんだ」
言葉を発した父親をユウキは射殺すような形相で睨み付けてその場を飛び出した。

西地区では、美しい少女はアーマード倫理観のもとに連れ去られ、そのまま帰ってこない。
余り容姿の良くない女性と男性たちはその土地に残され、普段農奴として働かされる。
子作りは年に3度、ドスケベアーミーが決められた組み合わせでしか行えず、その結果もし美しい少女が生まれたら初潮を迎えるとともにアーマード倫理観のもとに連れ去られるのだ。
もちろん母親たちもかわいい我が子を渡すまいと、生まれたときに容姿が良い子供には男のふりをして育てようとした。
しかしアーマード倫理観はそれを見つけるためにさらに非道な方法を取った。
生理用品の配給制である。
生理用品を配給で与え、使用時期と量もすべて記録することで男としてかくまっていた美少女たちを炙り出したのだ。

月明かりの下、ユウキは涙を腕でぬぐいながら走った。
カオルはユウキの異父姉で、他の者と同じく一縷の望みをかけて男装させ育てられた。
しかし―――
「……っ……!」
足元の石につまづいて転び、口の中に砂が入る。
入った砂を吐きだしいるうちに、ユウキは嗚咽が止まらなくなった。
姉を失った悲しみと、絶望、苦しみ、そして―――
「――大人になりたくないよぉ……!」
自分もやがて姉のようにアーマード倫理観に連れていかれるであろう恐怖に。

ひとしきり泣いた後、ユウキは立ち上がり、のろのろと体についた砂を払い落とした。
膝からは血がにじんでいた。
次のドスケベアーミーの見回りは来週だ。
もしかしたら今度は自分が。
言いようのない不安と恐怖で叫びそうだった。
山のほうからはじわりじわりと夜空を覆い尽くす黒い雲が迫っていた。

続く

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