げじげじ
「例えば、そこらにある植木鉢をひょいとひっくり返したとする。」
男はどこかぼうっとした口調で語り始めた。
「団子虫やムカデやそういう、鉢の下にいる虫たちは、みんな足が多い。足が多いのが大事なんだ。足が多いとどんな場所でも生きていけるんだよ」
椅子に縛り付けられた女は身じろぎをした。男が持つノコギリの意味をうっすらと理解したからだ。
「だから、俺も足を増やそうって決めたんだ」
女の悲鳴は猿轡のせいでくぐもったうめき声にしかならない。今時珍しい天然の生体脚をばたつかせると、勢いで女は椅子ごと横に転がった。
倒れた女の足を愛おしそうに男は撫でる。
「なあ、お前の足は、俺を拒んだりしないよな?」
横倒しになった女はそこで初めて男の体の後ろに無数の朽ち果てた”脚”があることに気づいて、ありったけの悲鳴を上げようとした。
「またですか」
斎藤は眉を顰めながら死体を眺めていた。
死体は足の付け根から生体脚を切断されており、その上で首を絞め潰されて殺されている。
「どう思うよ、これで25件目だ」
サイバネ腕を軽く回しながら井上はぼやく。トレードマークの赤いペイントを施したサイバネ腕は最近調子が悪いらしく、回すたびにキイキイと小さく金属が擦れる音を立てた。
「とにかくこの犯人は生体脚に執着してるのは間違いないが…それにしたって切り取った脚を何に使うつもりなんだか」
「警視庁の犯罪分析部門が動くらしいですよ」
斎藤は首を傾げながら死体にブルーシートをかけた。
斎藤の体はサイバネ眼と生体電脳端子以外の改造を施していない。故に、この事件のチームに引っ張ってこられたわけだが。
「生体脚集めたって腐るだけだろうに」
斎藤に犯人の心理がわかるわけがない。そもそも改造していないのはギャンブル癖のせいで万年金欠だからだ。
今世間を騒がせている生体脚を切り取る殺人鬼について、警視庁はまだその犯人の手掛かりすら掴めていなかった。
続く
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