ドスケベマン(19)

前回のあらすじ

圧倒的な力でアーマード倫理観と戦うドスケベマン。
その最中、アーマード倫理観の暴力は矛先を変えてユウキに向かった。

―――

血泡を吐きながら、巨体はユウキに突進する。
とっさに後ろにのけぞると、その突きだされる拳は風を切ってユウキをかすめた。
「殺して、やる」
振り下ろされた拳とは別の手がユウキの頭を掴んだ。
先ほど見た光景と、そしてユウキの母と、ハルカと同様にそのまま大地に頭を叩きつけようとアーマード倫理観は嗤った。
美しい顔が無様に変形し、腫れあがり、壊れていくとアーマード倫理観は安心を覚えたのだ。
力があれば支配できる。
力があれば愛されなくとも生きていける。
力があれば。

瞬間、ユウキの耳に声が届いた。
「――ウキ!!」
その叫びはドスケベマンではなく、タカシでもない。
身を起こしたコウタロウが銃を構え、そして。
「うあああ―――ッ!!!」
コウタロウの全身が悲鳴を上げる。
恐らくどこかの骨が折れており、どこかから血が出ている。だが。
『――男は女を守るんだ』
タカシに言われたのがついさっきのはずなのにずいぶん昔のことのように思える。
やらなければ、そうでなければ自分は胸を張れないのだ。
銃声が響き、反動で後ろにそのまま転げる。
その弾はアーマード倫理観の白い肌に刺さり、肩に大輪の薔薇を咲かせた。
「ぎひ―――ッ!!」
アーマード倫理観は信じられないという顔のまま肩を押さえた。
ユウキから手が離れ、ユウキの目の前にはその胴がさらされた。
そこへ向けて、ユウキは体ごとぶつかる。
その手にはナイフが握られていた。

「――あ……?」
アーマード倫理観は自分の身に突きたてられたものがナイフであると、それが己の心臓に深々と刺さっていることを気付くのに少し時間がかかった。
「……あ――あ。」
そのままユウキの身体を巻き込みながら倒れる。
その口からはとめどなく血が溢れていた。
「――言い残すことはあるか?」
倒れたアーマード倫理観をドスケベマンは見下ろしていた。
そうか、とようやくアーマード倫理観は理解した。
自分は死ぬのだ。
ユウキを突き飛ばして体を引きずりながらそれでも立ち上がろうとする。
しかし、指先から、つま先からどんどん力が抜けていった。
自分の口から、胸から嗅ぎ慣れた臭いの液体が溢れる。
「――あるものか」

リョウコの声が聞こえる。
『アキちゃんはかわいいよ』
『アキちゃんはすごいなあ』
『アキちゃん』
『アキちゃん』

「そうか―――」
アーマード倫理観は虚空へ手を伸ばした。
「―――あたしは」
その手から力が抜け、どさりとその場に落ちる。
ユウキとコウタロウはそれをただ見ていた。
悪魔のような怪物を倒したはずなのに、その顔はまるで子供が泣きじゃくるかのように歪んでいた。

びゅうと強い風が吹いて木が揺れ、そこでユウキははっとした。
「あの――」
しかし、自分を救ったドスケベマンと名乗る男は消え失せていた。
まるで最初からそこには何もなかったかのようだった。
「ユウキ」
荒い息を吐いてコウタロウがよろよろと立ち上がる。
「コウタロウ」
大人たちは誰もいない。誰もいなくなってしまった。
これからどうすればいいのか、ユウキには全くわからなかったし、これからどうなるのかも全くわからなかった。
ぐらりとコウタロウがバランスを崩したのを見て、ユウキはそれを支える。
やるべきことも、やらなければいけないこともわからない。
でも一つだけ思ったことがあった。
「生きよう」
「うん」
二人はどちらからともなく手をつないで、支え合いながら歩き出した。
いつの間にか上っていた月の光が二人を照らしていた。

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