ドスケベマン(12)

前回のあらすじ

ドスケベ解放同盟に迎え入れられたユウキは、そこでタカシの思いを知る。
一方、アーマード倫理観は着々と南下していた。

―――

朝の光にゆっくりと目を開くと、そこは青い光に包まれていた。
「あれ、私……」
驚いて身を起こし、そこでようやく自分がドスケベ解放同盟のアジトにいることを思い出す。
透明の壁の上の方からゆらゆらと光が差し込み、それが青い壁に反射して室内を青く照らした。
ここはもともと海の生き物を買っていた場所だとハルカが教えてくれた。
もともと水槽だったはずのそこは、すでに水は干上がっており、ただガラスに阻まれた青い壁になっている。
「あら、おはよう。よく眠れた?」
間仕切りの布を上げ、ハルカが入ってくる。
その手に持ったトレイには湯気の立つ麦がゆとともに、焼いた魚が置いてあった。

「魚食べるのって、初めてです」
そう言いながらも食事の手は止まらない。
初めて食べるものなのに、なぜかよく知っていたような味がした。
塩味だけで味付けされた魚は、島のすぐそばの海で取れたものだという。
「私もそうだったよ。この辺は魚が多いから食べ物に苦労しないのよね」
そう言いながらハルカも焼き魚を食べている。
「そうそう、あなたに似合いそうな服を置いておいたから、もしよかったら着替えてね」
ハルカが指さした方向を見ると、身を起こした時には気付かなかったが確かに寝床の横に服が何着かたたまれていた。
「あなたの着てきた服も乾いてるから置いといたよ」
「ありがとうございます……!」
細やかな気づかいに、カオルのことがふとよぎって胸がずきりと痛む。
カオルもここに一緒に来れたらどんなに良かったろうか。
何か思い出したようなユウキの表情に、ハルカは何も言わなかった。
ただ、その頭をくしゃくしゃとなでただけだった。
「さて、ご飯も食べたし午前中はちょっとだけ仕事を手伝ってもらうよ」
勢いよく立ち上がるハルカに、ユウキも頷いた。

「……ここは……」
大きな広間にはたくさんのガラクタが積み上がっていた。
よく見るとその隙間で何人かの人がガラクタをいじっている。
「あなたが修理が得意だって聞いてね。ここにある物は前時代の遺物なの。武器もあれば、何に使ってたかわからないものある」
色褪せた小さな板を手に取る。色褪せてはいたがうっすらと女性の裸が印刷されているのが見える。
「こういうドスケベなものも、そうでないものもある。でもまず修理しないとそれがどっちなのかわからないの」
「修理――」
積み上がったものを見ていると、いくつかはかつてユウキが山から拾ってきたものに似ているガラクタもあった。
「というわけで、どれでもいいから一個ずつ、きれいにしてもらえるかな」
ハルカが背中をトン、と叩き、弾かれたようにユウキはガラクタの山へ手を伸ばす。
その瞳はキラキラと輝いていた。

「アーマード倫理観様」
ドスケベアーミーが無線機を持ってアーマード倫理観の隣に立つ。
無言でそれを受け取り、アーマード倫理観は耳に当てた。
「マリリンか」
忌々しそうに顔をゆがめる。
「―――いらん、こちらはあたし一人で十分だ」
そういうと無線機を投げるようにドスケベアーミーに渡した。
「あの女―――」
どこかこちらを小馬鹿にしたような目をするマリリンのことをアーマード倫理観は嫌っていた。
こちらを見下すような、あざ笑うかのようなあの目。
それはきっとマリリンが美しさにおぼれているからだとアーマード倫理観は考えていた。
西関東地区の支配者となってからはそうそう会う機会はないが、それでもたまにこうやっていらないお節介な連絡が来ることがたまらなく不快だった。
「ところで―――準備はできているか?」
別のドスケベアーミーを見る。ドスケベアーミーは直立不動の姿勢で淡々と報告する。
「は、多摩川は東急線、京浜東北線、東海道線ともに封鎖しております。また、例の物も現在設置中です」
「いつ終わる」
「あと45分以内には」
その言葉を聞いてようやくアーマード倫理観は笑みを浮かべる。
夕暮れに光る海、その向こうに八景島が見えていた。

「じゃあ今日は上がりにするか、嬢ちゃんお疲れ様」
隣で作業していた男がユウキに声をかけたが、ユウキは見向きもしない。
「嬢ちゃん、今日は終わりだ」
「――ひゃっ!」
突然肩を叩かれて思わずユウキは変な声を上げた。
「ははは、夢中になってたなあ。もう夕暮れだ、夕飯の時間だよ」
その言葉に顔を上げると、確かに差し込む日の光はオレンジ色に変化していた。
一日ガラクタをいじっていたユウキの手は泥と汚れで真っ黒だ。
よく見ればシャツもどろどろに汚れている。
「ああ、これ落ちるかなあ」
そうひとりごちながら手元のボロ布で真っ黒な手をぬぐった。
「夕飯までもう少し時間があるだろ、嬢ちゃん、服着替えてきたらどうだ」
別の男がユウキに声をかける。
「あ、ありがとうございます!」
そういえばハルカが着替えを用意してくれていたことを思い出し、ユウキは寝床部屋へ向かった。

「ユウキちゃん、ご飯できたよ」
ハルカが声をかける。
「あ!こっちもよく似合ってるじゃない」
部屋から出てきたユウキは白いブラウスにチェックのミニスカートをはいていた。
「この、前のこれって、これであってますか?」
ユウキがボタン付きの服を着るのは初めてだ。
それにこのスカートという腰巻は、ひらひらと揺れてとてもどきどきする。
ハルカによると、昔の「高校生」の制服を参考にハルカが自作した、試作品らしい。
「絶対似合うと思ったよ。ユウキちゃんみたいなかわいい子が着てくれて私もうれしいな」
にこにこと何度もユウキの姿を眺めながらハルカが言う。
その視線にユウキの顔は真っ赤になる。
「――私ね、服を作って暮らせたらなって思うの」
夕飯を食べながらハルカが言う。
「普通の村で着てるようなああいうのじゃなくてね、みんなが着て、笑顔になるような素敵な服が作ってみたくて」
そう語るハルカを見ていると、まるで少女のようだとユウキは思った。
きっとユウキが何時間でも機械いじりできるように、ハルカも何時間でも服を作ることができるのだ。
「自分がやってて楽しくておもしろい仕事をやって暮らすのって、できないのかな」
ぽつりとユウキがつぶやく。
それはきっと村で口に出したら大人たちが許さないだろう言葉だった。
呟いた後、殴られるのではと我に返ったが。
「そのために、タカシも私も、この世界を変えたいんだ」
ハルカは笑顔でそんなつぶやきに返事を返す。
「―――はい」
ユウキは慌ててこぼれそうになった涙を飲み込むように麦がゆを流し込む。
何で泣きそうになったんだろう。ユウキは涙の理由がまだわからなかった。

夕飯が終わり、日の光が赤色に変わる。
ハルカとユウキ、コウタロウは夕飯の食器を皆から回収していた。
その時。

『レジスタンスの諸君』

ばりばりとひび割れた電子音にくるまれた声が建物の外から聞こえる。
それはまるで獣が喋っているかのように聞こえた。

『ドスケベに支配された愚かな民衆たち』

タカシが顔を上げ、コウタロウが身を強張らせる。

『反省すべきことはあるか?』

ハルカが顔を歪ませて食いしばった歯の隙間からつぶやいた。
「アーマード倫理観……!」

続く

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