ドスケベマン(16)

前回のあらすじ

ハルカを屠り、レジスタンスの皆殺しを命じるアーマード倫理観。
その企みに気付き走るタカシ。
島からの脱出のため、トンネルに向かうユウキとコウタロウ。
血の臭いに満ちた島に何があるのか。

―――

茂みや木の陰、物陰に隠れながらユウキとコウタロウは走り続けた。
日の光は紫がかった色になり、夕闇がすぐそこまで押し寄せてきている。
夜になれば、敵にも見つかりにくくなるだろうが、海の音をかき消す銃声にはその猶予は到底なさそうだった。
「……ちっきしょう」
ぎり、とコウタロウは奥歯をかみしめる。
見知った顔の人間が、また倒れていた。
その体の周りには赤黒い液体が水たまりを作っている。
鉄と火薬と砂の擦れるような臭い。
ユウキは、何も言わず、コウタロウの手をぎゅっと握りしめた。
藪をすり抜け、ドスケベアーミーと、レジスタンスの何人もの死体と血の跡を見つつも、ふたりは走り続けた。
走り続けるしかなかった。

「もうちょっとだから――」
コウタロウが少しだけ振り向きユウキに声をかけた。
ユウキは小さくうなずく。
目の前に真っ黒いペンキをぶちまけたような穴が見えた。
「あそこから、海の下を通ったら外に出れる。そしたら――」
トンネルに目を向けた、その瞬間。
「―――!」
ユウキの頬にかっと熱いものがかすめた。
その衝撃にユウキは思わずつんのめる。
コウタロウが驚いた顔でこっちを見る、その肩越しに、赤い火花が見え。
ユウキの転倒に巻き込まれる形でコウタロウが体勢を崩した。
その肩に今度は赤い模様が浮かび上がる。
乾いた銃声は、今目の前のトンネルの中から放たれたものだった。
「がっ―――!」
痛みと衝撃にうめき声を上げ倒れるコウタロウ。
ユウキは目の前の世界がすべてゆっくりに見えた。
『動かなきゃ』
近くの木の陰にコウタロウの手を引いて転がり込もうとする。
その足にまた熱い痛みが走る。
動かなければ。動かなければ。
トンネルの前にはよく見ると、昼間一緒にガラクタをいじっていた男が倒れている。
見開かれたその目はすでにここではないどこかを見つめていた。
動かなければ。動かなければ。
足がもつれる。コウタロウが身を起こそうとする。銃声。銃声。

「こっちだ―――!」

ユウキとコウタロウに横ざまから何かがぶつかり、ふたりをぐいと押した。
その勢いで大きな木の陰に転がるように滑り込む。
砂が口の中に入る。乾いた音は鳴りやまない。
頬が熱くてぬるぬるしている。太ももが濡れている。
コウタロウは肩に大きな赤いしみができていた。
自分たちを突き飛ばし、木の陰に押し込んだ人にコウタロウが声を上げる。
「タカシさん――?」
傷だらけであちこち血にまみれたタカシがそこにいた。

「お前たちは、間に合ったか」
荒い息でタカシが少しだけ笑う。
首に巻いていた布を取るとそれを半分に引き裂き、片方をコウタロウに、片方をユウキに渡した。
その女性の裸体が描かれたタオルには古い血のシミがあった。
「それで止血してくれ」
そうしてタカシは、木の陰から体を少し出してトンネルの暗闇に向かって銃を撃った。
「タカシさん、これって」
コウタロウが痛みに顔をゆがめながらタカシを見る。
「――二手に分かれてたんだよ」
トンネルの中で、うめき声がわずかに聞こえた。
それを聞いてさらにタカシはトンネルへ銃弾を投げ込む。
「そんな……」
コウタロウは泣きそうな顔をしていた。
脱出口であるトンネルが封鎖されたということは、つまりこの島から自分たちは出られないということではないか。
「バカ野郎、お前はユウキを守るんだ」
タカシはコウタロウの頭をぐしゃりと荒っぽく撫でた。
「トンネルは狭い。島の表側にいたドスケベアーミーの数を考えても、今はそこまで兵士はいないはずだ」
タカシはユウキとコウタロウの眼を見て言った。
「俺がトンネルを突破する。お前たちはそこから逃げるんだ」
ユウキの喉がぐっと詰まる。
タカシは二人に優しい声で言った。
「大丈夫、一人でも逃げられたら、俺たちの勝ちだ」
タカシは、がしゃり、と銃の弾を装填して、駆けだした。

タカシが物陰から飛び出したのを見て、トンネル内から数名のドスケベアーミーが走り出てきた。
タカシは素早く冷静に、ドスケベアーミーに銃弾を叩きこんでいく。
トンネル内部へ銃を乱射すると、トンネルの壁に反響した銃声とともにうめき声が聞こえ、やがて静かになった。
ドスケベアーミーと対等、いやそれ以上の腕だった。
ライトをトンネルの中に向け、タカシは二人に手招きした。
「行こう」
「うん」
ユウキとコウタロウが互いに互いを支え合いながら、よたよたと走り出す。
タカシがいる。
自分の親でもない、素性も知れない大人なのに、なぜかタカシがいるだけで何とかなる気がする。
痛む足を引きずりながら、トンネルに向かったその瞬間、声が聞こえた。

「みいつけた」

夕暮れの小道をふさぐ巨大な影、その口元は厭らしくニタニタと笑みを浮かべていた。
全身に寒気がするような恐怖が走る。
コウタロウがユウキをとっさに押し倒し、その上を人の頭ほどの岩が通り過ぎて、トンネルの脇の壁にめり込んだ。

アーマード倫理観は、二つ目の岩をお手玉のように手のひらで転がしながら、3人を眺めていた。

続く

ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます