時が止まった友人とぼくの私的な話

ずいぶん前にこのブログの記事を読んで、少し前の友人との邂逅を思い出した。
それがやっと何だか整理できたので書く。

20年間引きこもりしている友人に会って思わず絶句した

ぼくには高校時代からの友人がいる。
彼は非常に美形で、よく通る声で、足が長くてスタイルも良い。
並んでもぼくと同い年と誰も信じてくれないくらい若く見える。
彼とは高校時代同じ部活だった。
しかし、彼は在学中色々思い詰めて学校をやめて実家に引きこもってしまい、彼とはいっしょに卒業できなかった。
彼はなんだかんだで今はフリーターをしながら一人暮らしをしている。

そんな彼とずいぶん前に久しぶりに飲んだ。
学生時代は毎日のように電話したりメールしていたが、今は年に1度か2度メールでお互い生存確認をしている程度になっている。
その時はそんな年に数回のそのメールのやりとりの時になんということはなく飲もうという話になったのだ。
そのさらに少し前にぼくに大きな鬱の波が来ていて療養していたのだが、それから何とか体調も落ち着いたし酒を飲もうとなったのだ。

待ち合わせ場所にいた彼は、20そこらの時と全く同じ服装だった。
センスだとかではなく、10年くらい前に会った時と同じコートに同じようなシャツとジーパンで現れた。
全く何も変わっていない彼と適当な安い居酒屋に入ると、最初の1杯に口を付けた後彼はぼくに「あいつはどうだ」「あの子は今何してる」「お前の妹はどうだ」とぽんぽんと聞いた。
その状況が、先に紹介したブログの記事の人と全く同じだった。
すっかり記憶から消えかけている同級生。先輩。
その話が多すぎた。
ぼくの記憶から零れ落ちてしまったその人たちは、彼の中では未だに身近な存在で、でも辛うじて伝え聞いていたその近況を僕が伝えると彼はまるで老人のように「へえーっ」とだけ言ってそれ以上聞かなかった。
そこから話が広がるかと思ったが、彼は一つ一つについて「ヘぇーっ」といいながら記憶を確認しているようだった。

ぼくは途中からうまく答えられなくて、今自分はこれをしているとかそういう話をした。
稚拙な作品だが、若いときから好きだった創作や音楽をやっていること。
それがやっと形になってライブや即売会に出たこと。
ネットやそのつながりから知り合ったとても楽しい友人たちのこと。
新しく自分がハマっているものごと。
それらを話し、実際にどういうものを作っているか見せようとスマホを出そうとした。
彼は「俺はそういうのわかんないからいいわ」と言って断った。
少し強引に話しすぎたかな、とぼくは口をつぐんでしまった。

彼に今ハマっていることや、今楽しいことを聞いた。
「ない」
彼はそう言った。
「特にないんだよ、一日ぼーっとテレビ見てる」
それでもぼくは何のテレビを見ているのかと問いかけたが彼はその話を少し強引に終わらせ、そのあと今している仕事の愚痴を少し言った。

「てかさ」
彼は言った。
「ネットで知り合った人が友達って感覚がわからない」
「友達ってのはお互いのことを知ってるから友達でしょ」
「お前の言ってる新しいことの良さが全くわからない」
その言葉は心底疑問という響きがあり、半ばそれは嘲笑にも近い響きがあった。

ぼくは言葉が出なかった。
全てを理解してほしい、とは言わない。
勿論、インターネットで知り合う友人については賛否両論あるだろう。
ただ、彼は私が稚拙ながら色々やっていることも、新しい遊びで楽しむことも「お互いのありとあらゆる全てを知らない人間関係」であれば恐らくそれは正しいものではないと思っているのだ。
新しい友人が増えたことにだけ目を向けた彼は、こんなにぼくが記憶から取りこぼしていた人たちの話を拾い集めているのに、あんなにぼくが学生時代に創作や音楽をやりたいと語っていたことはすっぽり抜けているようだった。
ぼくが絶句しているとしばらく彼はインターネットを経由して人と知り合うことの無益さを語った。
最後に彼は、自分には理解できない、と言いながら酒をあおった。

そのあと気を取り直したぼくは
「そうかな、でも楽しいよ」
と返事した。
そこから何の話をしたかは正直覚えていない。
当たり障りのない話をして、何だかよくわからない感情に任せて酒を飲んでいた気がする。

その飲み会からずっと彼の言っていたことについて考えていた。
恐らく彼の「本名も実家も知らない人」は「友達」ではないというのは嘘偽りない感情なのだろう。
彼はきっと、自分の名前を知っていて自分のことを知っている、彼も相手の名前を知っていて相手のことを知っている人たちが歳を経て変化して世界を広げていくことに違和感を持ったのかもしれない。

彼からあれからまた1度メールが来たが、返事はうまくできなかった。
飲み会の時、彼は「俺にとっての人生はもう老人の余生なんだ」と言った。
きっとそうなのだろう。
ぼくが連絡を取らなくなると、ある意味彼はぼくが先に彼岸に行ったのと同義にとらえるのだろうと思う。
それはぼくにとっての彼もそうかもしれない。
彼は同じ世界に生きているはずなのに、埋めることができない距離を感じたし、もう一緒にお互いの身の上を喜んだり泣いたり怒ったりはできないのだと思う。

ぼくは今も彼から来た「そのうちまた飲もう」というメールに返信ができていない。

ぼくの日々のゼロカロリーコーラに使わせていただきます