第一章 不思議な懐かしさ

 普通の漫画で描かれる風景は、面白いストーリーをわかりやすく説明するためのものでしかない。ストーリーが主で、風景は従である。しかし、つげ義春の漫画は違う。特に『海辺の叙景』などの作品にみられるように、風景がある雰囲気を伝え、最小限の詩的な言葉と一緒になって、読者の心に迫ってくる。ある日本の若い漫画家のTwitterを追っていたら、今度、台湾で展覧会を行うという流れのなかで、偶然にも、高妍(ガオ・イェン)さんのイラスト集と漫画の合本『間隙』を知り、その表紙絵を見て、「つげ義春みたいだ」と直感し、すぐさま、インターネットで注文したのが、3月8日。数日後に家に届いた。特に、イラスト集の方は、期待を裏切らず、左の頁に大きな木や植物、電柱などと少女が描かれており、右の頁には「梅雨」「驟雨」などの言葉と短い説明文が載っており、風景と詩的な言葉が一体となって、私の心に迫ってきた。「良い買い物をしたな。まだ無名で、若い作家さんのようだけど、これから応援していこう」などと考えて、『隙間』を他の本と一緒に、本棚に積んで置いておいた。4月25日、朝日新聞の朝刊、2面の下欄を見て、びっくり。村上春樹の大きな字の下に、絵・高妍。大きな木や植物、鳥、海辺の風景と自転車と大人の男と子供の男と猫が描かれた大きなイラストが掲載されていた。「あっ、ガオ・イェンだ。まさか、あの村上春樹の本のイラストを担当するとは・・・」「これは不要不急の外出ではない。必要火急の外出である」ということで、早速、近くの蔦屋書店で、『猫を棄てる』を購入した。おおよそ100頁、一気に読了。「100頁の本の中で、イラスト13点」この本は、文章が主、イラストが従ではない。村上春樹の文章と対等に渡り合っているイラストだ。イラストの風景がある雰囲気を伝えている。同じ比重で、猫の思い出と父との関係の回想と父に関する調査した歴史的事実についての村上春樹の文章がある。この二つが一体となり、相乗効果でもって、読者の心に重層的に複雑な振動を与える本であると感じた。イラストの風景が伝えるある雰囲気について、あとがきで、村上春樹はこう述べた。「彼女の絵にはどこかしら、不思議な懐かしさのようなものが感じられる」と。

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