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「プロレスと人生のこと、書いてくださいよ」

自著を出版し、順風満帆に見えた尾崎ムギ子。しかし、メンタルが急転直下、ジャーマンスープレックスホールドを食らったかのごとく、一時はライター廃業宣言まで。そんな尾崎氏に、またプロレスのことを書いて欲しい編集者が、往復書簡を持ち掛ける――。「ムギ子さん、強くなりたいわたしは。あなたも、強くなりたい女ですよね?」女同士のぶつかり合いと連帯がつまった、プロレス連載のゴングが、今鳴る……!


ムギ子さんに、「『最強レスラー数珠つなぎ』みたいな、プロレスが自分の人生に相渉る文章書いてくださいよ、読みたいんです」って言ったら、「え、もう書くことないんです、出し切ったので……。過去のブログにわたしの人生のこと書いてありますよ」と、きわめて申し訳なさそうに言われた。

 いやいやいや、わたし、ムギ子さんの過去に興味がある人じゃないんで、そういうことじゃないんで……。プロレスを見ることで、自分の人生が立ち現れてくるあの感じを書いた文章を読みたいんですよ……。

 こういうことは、天然で書いている人にはわからないらしい。

 私は編集を生業としているので、「この人にはこういう面白いものが書けるし、読みたい!」と思えば、どうしても書いてほしくなってしまう(で、売れるかとか考えなきゃいけなくて辛い、おもしろいから売れるとは限らぬので)。しかし、当人は出し切ったとかなんとか言っている。

 どうしたら書いてくれるのだろう。テーマを設定して書いてもらうことも考えたけれど、予定調和になってしまいそうだ。思案の結果、往復書簡のスタイルで、返事をしなければいけない状況にムギ子さんを追い込むことにした。

 プロレスを観て、手紙を出す。ムギ子さんもまた、プロレスを観て、手紙を出す。お互い、予定が全然合わないので、違う団体の違う試合を観るけれど、気にせず、手紙を出す。仕掛けてもいいし、受け止めてもいいし、反撃してもいい。反則もいいですよ、レフェリー見てないです。

 書いてください、ムギ子さん。お願いします。

ムギ子さんへ


「返して! 返して!」

 2カウント。次で3カウント、試合終わっちゃう!!!

「……返したーーー!!!!」

 全日本プロレス、Champion Carnivalの優勝決定戦を観てきました。

 ずっと、宮原健斗選手、ゼウス選手、どちらかではなく二人ともに「返して! 返して!」と叫んでいました(もちろん、新型コロナウイルス感染拡大防止のために、心の中で!)。当たり前ですが、返さないと試合が終わっちゃうから、嫌ですよね。終わらないでくれ、闘うところを見せつけてくれ、ずっと観させてくれ……。

「返して返して……返したー!」で身をのけぞらせてたんですが、一度、前の席の女性と完全にシンクロしてしまい、「今のはマジでのけぞりますよね!」って話しかけそうになりました。こんな状況ですが、プロレスを会場で観る尊さを、噛み締めました。

 ムギ子さん、宮原選手が好きだから、写真を撮って送ってあげようと思ったのに、あとでiPhoneを見たら、ほぼ写真がなかったです。ごめんなさい、我を忘れて写真撮れませんでした。

 それにつけても、後楽園ホールは、お酒が飲めなくなって、本当によかったですね(※コロナの影響で、最低限の水分補給以外できなくなりました)。今までの、酒片手に見ていた私にラリアットしてやりたいです、観る資格なかったです。

 あんなにも、フィジカル面もメンタル面も覚悟決める姿を見せてもらっているにもかかわらず、何を酒飲んで大声だして、試合の記憶も大して無いみたいなことしてたんでしょう、私は。それはそれで楽しくもあったのですが……。

 今、観客は声を出さずに拍手をして応援をする、異様な状況ですよね。でも、身体と身体がぶつかりあう音、技の打撃音、マットにたたきつけられる音、挑発し己を奮い立たせる選手たちの言葉、それらが前よりもはっきりと聞こえてくるようになって、それがまた、面白くもあります。

 どうですか……? プロレスのこと、書きませんか?

 プロレスと人生のこと、書いてくださいよ。

 お返事待ってます。

黒田編集

黒田さんへ


 お手紙、ありがとうございます。

 突然、「往復書簡をやりましょう!」と言われて、少々、戸惑っています。黒田さんはわたしが書く文章を読みたいと言ってくださいますが、期待に応えられるかどうか不安です。

『最強レスラー数珠つなぎ』で、レスラーのインタビューの合間に書いた“ムギ子パート”が読みたいのでしょう?「強さとはなにか」を追い求めるムギ子が、自らの弱さを赤裸々に明かしていったのが、よかったのでしょう? でもね、わたしは普段、これでもかと普通に生きていて、強さとか弱さとか、そういう舞台にすら立っていない人間なんですよ。朝起きて、バイトに明け暮れて、夜は酒を飲んで、風呂に入って、歯を磨いて寝るだけの日々を送っているんです。プロレスからなにか教訓じみたことを得たりとか、レスラーから求愛されたりとか、そういうあたかも素晴らしい出来事からは程遠く生きているんです。

 それでも黒田さん。わたしはあなたという人が、暗闇の中でもがきながら生きているのを知っています。そんなあなたがわたしの書く文章を求めてくださるのなら、わたしは喜んで書きますよ。救いになれるかどうかはわかりません。でもあなたがいま変わろうとしている姿を間近で見ていて、わたしはあなたが愛おしくてしかたないんです。

 そうだ、お互いプロレスを観て、感想を言い合う、という趣旨でしたね。昨日の全日本プロレスは動画サイトで視聴しました。宮原選手のことを「健斗様」と呼んで応援しているわたしですが、本当に好きなのは佐藤光留選手なんじゃないかと思うときがあります。

 2015年1月、わたしはプロレスと出会い、プロレスに恋をして、なにも知らぬままプロレスの記事を書きました。「プロレスはショー」「最強より最高」――この記事に噛みついてきたのが佐藤選手です。Twitterで大炎上して、「わたしはプロレスラーに殺されるんだ……」と本気で思いました。いざというときのために、知り合いのヤクザの電話番号を必死に探したほどです。本当に怖かった。一生分、泣きました。それでもわたしはプロレスを観続けました。新日本プロレスから全日本プロレスへ。そして気づけば、佐藤選手の動きを追うようになっていたのです。

 パンクラスで培った格闘技技術に裏打ちされた無駄のない動きには、説得力がありました。プロレスにおいて、説得力って本当に大事ですよね。どんなに難易度の高い技を繰り広げようと、どんなに面白い試合展開になろうと、説得力がないと観客は白けてしまう。健斗様が相手選手にビンタされたときの、イヤそうな顔! あれもまた、ひとつの説得力。ああ、わたしはあの、もうこの世の終わりみたいな、本当にイヤそうな顔が大好きです!!!

 ということで、「わたしが好きなのは“健斗様”なのか“ひかるん”なのか問題」は、これから先も乙女なわたしを悩ませそうです。ふたりはわたしにとって太陽のような存在。黒田さんにも、そういう人がいるでしょう? その彼の話をしてください。

尾崎ムギ子

ムギ子さんへ


 お返事ありがとうございます。

 えらく余裕な文章ですね、動揺しました。こっちがムギ子さんに書いてもらおうとして始めた往復書簡なのに、「その彼の話をしてください」と、私が書くように誘導するなんて……。

 でも、わたしも編集者です。最初から種明かしはしません。まだまだ、読者をひきつけられていません。ここで出すのはまだまだ早い。ここで出したら、ただの出オチになります。ちゃんと終着点も見据えているんです、私たち編集は! というか、そもそも出オチにするような存在じゃないんで、私にとって彼は(……危うく語らされるところだった)。

 ムギ子さんの「でもあなたがいま、変わろうとしている姿を間近で見ていて、わたしはあなたが愛おしくてしかたないんです。」という言葉、ありがたいです。でも、私は怖いです。私は今、「変わりたい! 変わるんだ!」と口で言ってるだけです。髪を明るく染めただけ、化粧をばっちりするようになっただけです。実際のところは何も変わっていないから、バレていると思います。こいつハッタリじゃんって、バレています。だから、そう言っていただけてありがたい半面、本当は何も変わっていないから、しんどいです。

 昨年の今時分、当時お付き合いしていた人に「結婚するか相撲で決めよう!」と変な提案をされて、私はしっかり相撲に負け、その人に「やった~! 結婚しな~い!」と言われました。私の最近の、飲みの席での鉄板ネタです。笑い話にしてはいますが、あの日の私のみじめさは、心のどこかでまったく笑えていなくて、結構な頻度でそのことを思い出してしまいます。自分がかわいそうと思わずにはいられず、そう思ってしまうことが嫌です。このみじめさがある限り、わたしは仕事においても愛においても、力強く進むことができないような気もしています。まあ、私はいつも打破できてきた人間だから、いずれ打破しますが。

 ところで……。次回は私、スターダムを観に行こうと思います。これまで、女子プロ避けてきたのですが、でも最近、すごく見たいんです。たぶん、あそこには、きっと、私がいる気がするのです。

黒田編集

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