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高層ビル群の下、私たちはとても自由だった

先の記事で「新宿という街」について綴ったが、なかでも宝物のような思い出話を引き出しから取り出してみる。

大学の頃、同級生であり気の置けない友人のRとよくつるんでいた。Rとは随分一緒に遊んだものだが、その出会いは私の勘違いから始まった。入学して間もなく、まだ友人が出来る前で入学式の日に顔を見知った姿が二、三あったくらいだった。語学の授業が始まる前に廊下でウォークマンで音楽を聴きながら待っていた私の隣に、小柄な女子学生が立っていた。ふと、彼女が私に何か話しかけたような気がして、ヘッドフォンを外して振り向いた。

「はい?」

いきなり返事をした私に、彼女の方が面食らっていた。

「え?」

「あれ? 話しかけられたのかなと思って」

「ううん、話しかけてないよ」

「ごめんなさい!(汗)」

完全な私の空耳で、これではただの変な人である。それでなくとも田舎者コンプレックスを抱えていた頃。気まずくて逃げだしたくなってもおかしくなかったのだが、彼女の人懐っこい表情と穏やかな声色に救われた思いがした。と同時に彼女が抱えていた音楽雑誌の表紙に私の好きなバンドが載っているのに気付いた。

「……〇〇好きなの?」

「うん大好き!」

そのたった一言二言で、私たちは友達になった。私は「縁」を信じる方だが、縁があるとこんなにも急速に距離が縮まるものなのだろう。そのすぐ後の授業で隣に座り、授業が終わってお茶をした。途中まで一緒に帰って、電話番号(当時は固定電話)を交換して、次の日もまた次の日も学校で一緒にいて、互いのことをどんどん知っていった。好きなバンドの話、好きな作家が同じであること、文学や創作の話。大学近くの喫茶店やミスドやマックで時間を忘れて話し込むことも多かった。LINEもスマホもない時代、帰宅してからも電話で軽く2時間は話していたほどで、付き合いたてのカップルかよ!と突っ込みたくなってしまうが、これが若さというものかと今となっては思う。

ある土曜の夕方に、Rと連れ立って新宿に行った。西新宿の高層ビル街が好きだと彼女は言った。新宿NSビルや新宿センタービルの周りを歩き、植え込みの傍に座って話をした。1階のカフェは混みあっていて入れず、白く灯る明かりがとても都会的で眩しいものに映った。今のようにコーヒーチェーン店がそこかしこにある時代ではなかったから、小綺麗なカフェは少し敷居が高いと感じていた。

エレベーターで高層階にも上った。一般でも入れる展望フロアがあったのか、それとも当時セキュリティが甘かったのか今となっては分からない。高いところは苦手だけれど、新宿の高層ビルから見下ろす東京の夜も下から見上げる高いビルも、どちらもテレビでしか見たことがなくとてもきれいだった。こんな都会の片隅に居ていいのだろうかという落ち着かなさと同時に、その他大勢に紛れてしまってこの夜景の中に溶け込んでいるんだなという妙な高揚感があった。

ビルの灯りを見ながらいろんな事を考えるんだ。そう彼女は言った。このビル街が大好きなんだと。生まれも育ちも東京の都心にほど近い彼女と、田舎から出てきたばかりの私。正直、引け目を感じていた。ブランド物の服なんてとても買えないぎりぎりの生活の自分と、きっと裕福な育ちであろう彼女を比べて劣等感を抱いては打ち消すこともあった。けれど。

大好きなS(私)と一緒に来たかったんだ、と屈託なく彼女は笑った。そうだね、それだけでいいんだね。つまらないコンプレックスで自分を縛りつけているのがふと馬鹿らしくなった。人が行き交い明かりは煌々と灯り続ける西新宿のビル街で、照らされながら包まれながら、心が自由になっていくのを感じていた。そんな二十歳のある夜、今の都庁が完成するほんの少し前のことだった。



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